人間になりたかった本

龍神雲

人間になりたかった本

 俺は本屋が好きだ。暇潰しになるし、新たな書籍も発掘でき、知見が広がり、最高に癒され、リフレッシュになるからだ。

 本屋に一歩入れば、多種多様な書籍が出迎えてくれる。入ってすぐ左には児童書出版の本が陳列し、そこには俺が好きな縫いぐるみも飾ってあり、子供が遊べるキッズスペースも確保されていた。完全に子供向けだが、俺はそれ等を見るのが好きで日参している。そして今日も様々なジャンルをぐるっと一周見て回ってから、縫いぐるみが置いてある児童書出版の絵本コーナーへ最後のしめで寄ろうと考えていたが、レジとビジネス書が置いてある中央スペースで何やら不穏なことが発生していた。憩いの空間が様変わりするだけでなくこのあと巻き込まれ、本来の役目も思い出し、転機が訪れようとはこの時思いもしなかった。


「無添加洗顔フォームを買うと、もれなくグッズも付くよ~!あ、そこのお兄さん!如何です?」


「え……」


 書店の通路のど真ん中に長机を置き、そこで無添加洗顔フォーム、無添加シャンプー、無添加ボディソープ、無添加石鹸を並べ、押し売り業者ならぬ、悪徳商法のようなノリで買わせようとする老女が一人の男性に声を掛けていた。


「この無添加洗顔フォームを買うと、今なら可愛いウサギの縫いぐるみが付きますよ」


「そうですか。でも自分には合わないし、いらないかなぁ……」


「まぁまぁそう仰らず。ほらこれ!可愛いでしょ?」


「はぁ……」


 無添加洗顔フォームとセットで可愛いウサギの縫いぐるみが付いてくる──。一歩通行に説明し、一人の男性に執拗に迫り買わせようとしていた。この老女に声を掛けられていたのはグレーのスーツに白いシャツ、落ち着いたボルドー色のネクタイをした二十代後半ぐらいの会社員の男性で、老女の勢いに心底困った様子だ。しかし書店の店員達はそれを止めることはせず、そればかりか視線をそらし、本屋の業務に集中していた。

 何故、本屋で無添加洗顔フォームなんぞを売り付けているのか──?そして書店員達は何故、見てみぬ振りなのか──答えはすぐに分かった。売り上げを伸ばす為だ。本屋も、この無添加洗顔フォームを売り付けている老女も、同じ穴のむじなだ。ようは売り上げさえ伸びれば何でも良いのだ。書店でCDやDVDを置き、それで売り上げを伸ばした企業はごまんとある。それも戦略の内だ。今の時代、仕事を取捨選択できるのはほんの僅かな層で、どんな仕事も引き受け、そして提携しなければ生き残れないのだ。その中で、無添加洗顔フォームの選択──無添加を好む者にとってはありがたい話だが、興味もなく、安価な品を求めている層にとっては迷惑千万だろう。値段を見れば無添加とだけあり、通常の物よりも値が張っていた。つまり可愛いウサギの縫いぐるみ一つでは割に合わない値段なのだ。割に合わない値段であり、この商売も長くはないだろう──。だがそう見積もるも、先程からそれが妙に気になるのは、先にも言ったように縫いぐるみが好きだからだ。無添加なんちゃらの類いはいらないが、縫いぐるみだけは確実に欲しい。しかし値段が高すぎる……が、欲しい。そして老女が手にしているうさぎの縫いぐるみを見遣る。うん、俺好みだ。俺好みで、一目で俺を虜にした。手の平サイズでふわもこ感触なのは見ただけで分かった。この際、多少高くても良い。UFOキャッチャーで散財するよりも断然安い値段で買える──。俺は早速、老女と老女に絡まれ困っている男性に近付き声を掛けた。


「すみません。うさヌイ……いいや、うさぎの縫いぐるみだけを買うことはできませんか?値段はセット価格と一緒で構わないので……」


 うさぎの縫いぐるみだけが欲しい。変な客どころかマニアックだと思われそうだが、どうでもいい。俺はそれでもうさぎの縫いぐるみが欲しいのだ。 だがしかし──


「うさぎの縫いぐるみだけ──ですって!?」


 瞬間、老女の口調が刺々しくなった。何が不味かったのだろうか──?全く分からないが、俺はそれでも言った。


「はい。そのうさぎの縫いぐるみがとても可愛いので、それだけが欲しいのですが」


 すると老女はだんまりし、切り出した。


「時にあなた、洗顔してまして……?」


「え、はい。勿論してますが……」


 刹那、老女は俺に近付き節操なくじろじろと顔を眺め、はっきりと言った。


「まるで駄目ね。全然なってないわ」と。


 何が駄目かは分からなかった。だがうさぎの縫いぐるみさえ手に入ればそれで良く、それが目的だ。俺は老女に適当に相槌を打つことにした。


「そうかもしれません。洗顔なんて水で洗ってタオルでふけばスッキリしますし、それだけで十分ですから」


「まぁ!何てこと……」


 老女はおぞましい者でも見るかのような顔で、頬をひきつらせながらわなわなとしだした。人の洗顔事情なんてどうでもいいのに、何故この老女はここまで拘るのか。不思議だが、そこは俺がうさぎの縫いぐるみを欲しがる理由と大差ないのかもしれない。そう、一種のオタクであり、マニアだ。それも生粋の。そう考えると不思議ではなくなり、親近感さえわいた。その感覚と一緒だろう……そこまで巡らし、老女にもう一度交渉をしようとしたその時だ。老女は耳に掛けていたハンズフリーイヤホンに人差し指を当て、


「え、この男ですか──ただちに」


そう呟くとポケットからホイッスルを取り出し口に咥え、思いきり吹いた。


『ピィイ──!』


 甲高い音が鳴り響く。老女の奇行に驚きまもなく、どこからともなく警備員のような格好をしたごつい男達が現れ、俺の両腕を取り押さえた。本を乱雑に扱い破損させた訳でもなく、万引きした訳でなもなく、洗顔を適当にしてる、それを言っただけで取り押さえられる。意味が分からなかった。


「ちょ!何するんですか!?離してください!」


 抵抗したが両腕は後ろにいき、黒いワイヤーで拘束された。器物破損でもなく、凶悪犯でもない、本と縫いぐるみが好きなただの一般人なのに拘束。だが老女も、取り押さえている警備員も、まるで俺をゴミでも見るような目付きで睨んでいる。洗顔を疎かにするのがそんなにもいけないことなのか?しかしそんな理由で人一人を取り締まるルールも法律もなく、これは完全に行き過ぎどころか犯罪の域だった。


「これは刑法220条、逮捕・監禁罪になりますよ!」


 周囲に集まってきた野次馬、そして相変わらず関心を示さない書店員達をも巻き込み、大声で宣言してやったが、それでも効果はなく、じきに俺は目隠しをされ、体と視界が反転した。警備員の一人に俵担ぎで担がれたからだ。その間、「離せ!」だの「おろせ!」だの踠きながら怒鳴るも返事は返らず、どこかに向かい歩いていた。不気味だった。俺は本屋で色々な書籍を眺め、気に入った書籍があればそれを購入し、しめで、児童コーナーに寄り、そこにある縫いぐるみに癒されながら児童書を見て本屋を出る──それがルーチンだった。それなのに、本屋と提携販売したのだろう老女が手にしていた可愛いうさぎの縫いぐるみに心を囚われたばかりに、犯罪者のような扱いを受け連行されてしまっている。一体この先、俺に何が待ち受けているというのか──。担がれる中、走馬灯のようにぐるぐると色々なことが巡っていた。


(もしかして今日、ここで死ぬのかな?いや、流石にそれはないよな……)


『キィ』


 暫くし、木製の扉が開く音が聞こえた。俺は何処かの部屋に入ったらしい。室内は本屋にいた空間よりも温度が低く、まるで地下空間にいるような独特な空気が流れている気がした。そして俺は椅子らしき場所に下ろされ、座らされ、目隠しを外された。

見渡せば天井高のある四角いグレーの部屋で、上から下まで書籍で埋められており、四方をぐるりと囲っていた。


「ようこそ」


厳めしい声が響き、真正面を見遣れば、金色の王座の様な椅子に腰掛けた、黒いドレス姿の老女が挨拶をした。先程の老女とは違い、落ち着いた感じの女性だ。


「ここは一体……」


「さ迷える書籍の行き場を判定し、選別し、導く場所だ。お前もさ迷っているのだろう。だからここに案内されたのだ」


「何ですかそれ……意味が分かりません。それに俺はさ迷ってませんし、何時ものルーチンで本屋の店内を回って、良い書籍があればそれを買って、最後に児童書コーナーに寄って、そこに置いてある縫いぐるみを見て帰ろうとしただけです。だけど今日は何時も見ない商売が開催されてて、偶々、その商品に付いてたうさぎの縫いぐるみが欲しくて……それでこんなトラブルに巻き込まれて……つぅか、何なんすか一体!俺はただ縫いぐるみが欲しかっただけなのに、洗顔フォームを断った瞬間に捕まって、連行されて、そこまでしますか普通!?」


 すると目の前に座る老女は口を開いた。


「なら問うが、貴様は誰だ」


「俺は……」


 その瞬間、頭に靄が掛かったかのように何も思い出せなくなった。俺は男で、名前は……名前は……?


「もう一度問おう。貴様は誰だ。年齢は、職業は、半生を申してみよ」


「それは……」


老女は俺に詰問を浴びせてきた。簡単な質問なのに、全く答えることができない。俺は一体──


 だ れ な ん だ ?


 思い出せない、何も思い出せない……。心臓がどくどくと脈打ち焦燥する中、再び老女が言った。


「貴様は先に言ったな。"洗顔は水で洗いタオルで拭き取るだけで十分だ"と。本は洗顔同様、大事なことだ。特に中身は大事だ。それを疎かにしていた貴様は書店をぐるぐるとさ迷い、本来の目的を忘れ、たぶらかされ、虫に蝕まれ、命を落とす手前だったのだ」


 老女が語った言葉を反芻はんすうし、考えた。俺は人ではないのか──?いやありえない。今まで俺はずっと普通に──……普通に、あれ、何をしてたんだ?又もや靄が掛かったかのように思い出せなくなった。本屋でのルーチンはありありと思い出せるのに、それ以外が全く思い出せないのだ。おかしい、俺は、俺は──……。俺が一体何なのか、どういう存在なのか、老女が語った言葉で予想はついたが、それを口にするのを躊躇った。認めたくなかったのだ。そう、認めたくなかったから持ち場を離れて、普通の人のように、書店を眺め、生涯を終えようとしていたのだ。だが人のようにはなれないのだ。


 俺は所詮──


 本でしかないのだから。


「思い出したか」


「はい……」


 老女に問われ答えたが、虚しくなった。誰の目にも止まらず、触れられず、これからもずっとこの場所にとどまる毎日に戻ってしまうからだ。


「さて、この場に案内された者には、平等にチャンスを与えることになっている。もう一度所定の位置に戻るか、又は、新たな知識を得て新しく生まれ変わるかのどちらかの選択を選ぶことができる。さぁ、どちらが良い?どちらか好きなほうを選べ」


 俺は老女に問われ悩んだ。もう二度と、人としては生きていけないのだ。人として生きれず、誰の手にも取ってもらえず、買われる可能性も少ないとなれば、新たな書籍として生まれ変わる選択をするのが手だろう。しかし生まれ変わり新たな書籍として生きるにしても、何の書籍になるかが重要だ。そこでふと、児童書が浮かんだ。児童書に囲まれた空間。本に飽きた子供達がそこで遊ぶ光景──……


「決めたか?」


 老女に再度問われ、俺は決意した。


「決まりました」


「では申してみよ」


「俺は……」


 老女に思いを語った。それが幸か不幸かは分からない。だがそれでも今よりは希望は持てる気がした。思いの丈を全て語った後、老女は言った。


「その思い、しかと受け取った」


 そして俺は生まれかわった──


 *   *   *   *   *   *


「ママ~、私ここに行きたいぃぃ!」


 女児が母親の手をぐいぐいと引っ張りせがむ先には、児童書が置いてあった。そこには子供が飽きて騒いでもいいように遊べるキッズコーナーも設置されており、子供が好きな縫いぐるみ、知育オモチャは勿論、絵本等も小さな本棚に並べて置かれていた。


「そうねぇ……。今日はママのお買い物の手伝いも一生懸命してたから、いいわよ。欲しい本があれば買ってあげる。好きなの選んで持ってきなさい」


「やったぁ~♪」


 女児ははしゃぎ、母親の手を離れ駆け出し、児童書を端から順に眺めていく。そして女児の母親はキッズコーナーのプレイマットに設置してある、カラフルなブロックの形をしたスツールに腰かけ、一休みしながら女児の様子を温かく見守った。


「ど~れ~に~し~よぉ~か~なぁ~♪」


 女児は鼻唄を楽しそうに歌いながら、本を束ねている背の部分を指でなぞっていく。昔から親しまれている絵本、ノンタン、グリとグラ、ねないこだれだ、ねずみのすもう、おおきなかぶ、エルマーの冒険シリーズを通りすぎ、女児の目に止まった一冊の本。女児は背伸びをし腕を伸ばすが、届かなかった。


「ほら菜々ちゃん、あそこに台があるわよ」

 

 母親はあえてサポートはせず、手すり付きの子供用のプラスチック製ツーステップ台の位置だけ教えた。女児はスツール台を取りに行き、先程の場所に設置し、二段目まで昇降する。そしてお目当ての本に手を伸ばし、それを取ってから下りた。女児は手にした本の表紙を見遣り、口にした。


「人間になりたかったおれ


 女児はタイトルを読み、ページをまくった──


【人間になりたかったおれ


 むかしむかしあるところに、人間になりたかった本がいました。本はだれの手にもとってもらえず、読まれず、本屋に訪れる人間達に憧れ、しだいにこう思うようになりました。


(ぼくも自由に、人間のようになりたいな……)


 そして本は決めました。こんな場所にいないで僕も自由に、人間達のように冒険しよう!──と。


 本屋が閉店し、真っ暗で静まりかえった室内、本は棚から飛びだしました。それを見ていた仲間達は飛びだした本を必死にひきとめました。決まりを破れば罰せられ、本の世界から抹消されてしまうからです。しかし本は仲間にお別れの挨拶をし歩きだしました。

 室内を照らす明るい照明もなく、音楽もない、明るい時間に行き交う人間達の姿は誰一人としてない中、本はひたすら歩いていきます。


(さて、どこに行こうかな……?)


 そして本は、辞書の棚に飛び乗りました。ここなら幅広く、子供や大人の手にとってもらえるだろう──と。しかし……


「誰なのきみ!きみはここの本棚じゃないでしょ!違う本は立ち入り禁止だよ!」


 国語辞典に言われて本は追い返されてしまいます。それからも本屋にある、あらゆる本棚に行くも、違う本だからという理由で追い返されてしまいました。何日も何日もさ迷い、途方にくれた本がとぼとぼと歩く中、声をかけてきた黒い本が現れました。


「ねぇそこの君、悩んでるでしょ。噂できいたよぉ?」


 何処に行っても嫌われる本に声を掛け、笑顔で近づいてきたのは黒い本でした。とっても怪しい黒い本でしたが、どこに行っても追い返され相手にされてなかった本は嬉しくなり、その黒い本に今までのことを打ち明けることにしました。


「ああ、なんて可哀想に……辛かったね。でも安心して。僕が君を解放してあげる。僕が君の望みを叶えてあげるよ」


「本当に?」


「ああ、本当さ。さぁ何が望みだい?何でも僕が叶えてあげるよ」


「それなら……人間になりたい」


 本は願いました。人間になって自由に出歩き、本を買いたい──と。


「お安いご用さ。ただしそれを叶えてしまうと君はもう二度と本として読まれなくなるし、本だった時の記憶も全て忘れてしまうけど、それでいいの?」


「うん。それでいい」


「その願い、叶えよう」


 黒い本はにやりと笑い、まがまがしい魔力を放ちました。するとサイレンが響き、警備の本が出てきました。


「王女様、逃げた本が禁忌の魔術書と一緒にいます!」


「すぐにとらえよ!」


 しかし黒い本の魔力は放たれ、あっという間に本を人間に変えてしまいました。それから本だった男は何十年も本屋に囚われ、さ迷うことになりました……


 女児はそこまで読み本を閉じた。手に取った本は再び同じ棚に戻されると思ったが、女児はその本を手にしたままキッズスペースで座る母親の側に行き手渡した。


「この絵本がいい!この絵本買って!」


「はいはい、いいわよ……ん?あら、これ、とても不思議な本ね」


 母親が独り言ち、疑念を口にしたのは、本のタイトルが書かれていても、どこにも著者や出版が書かれていなかったからだ。だが疑念を口にするも、バーコードは表示されていたので、母親は本屋の店員が管理してるし問題ないわよねと次には巡らし、その本を手にし女児を連れてレジへと向かった。


「お願いします」


 母親はバーコード面を上にして店員に渡した。


「800円です」


「あら、意外と安いのね……」


 絵本にしては分厚い本なので1000円は超すと考えていたのだろう。しかし予測よりも遥かに安く、母親が思わず口にした呟きに、店員が返事を返した。


「お手に取っていただき、ありがとうございます。この本は特別な本ですから、どうか大事に保管して読んで下さいね」


「はぁ……」


 店員の返しに母親は疑問符で返すが、お金を支払い、本を受け取り、そのまま女児を連れて家に帰った。

 そして俺は今、本屋から女児の家の可愛い縫いぐるみ達に囲まれた子供部屋の空間にある本棚にしまわれ、何度も読み返されている。あの時、自伝のような絵本という選択をして良かったと今は思う。


『さて、この場に案内された者には、平等にチャンスを与えることになっている。もう一度所定の位置に戻るか、又は、新たな知識を得て新しく生まれ変わるかのどちらかの選択を選ぶことができる。さぁ、どちらが良い?どちらか好きなほうを選べ』


 そう問われた時、どうせなら今まで起きたことを忘れないような、記憶と記録として残せ、振り返りができる自伝のような絵本になれば、本ながらも人のような意思があった時を思い出せるし、それも一興だと考え、自伝のような絵本を選択した。勿論、人間のほうが楽しいが、それは俺達にとっては禁忌になる。禁忌を一度でも破り冒せば、その本は人知れずこの世から抹消される。俺と同じように逃亡しただけでなく、唆し禁忌を冒したことが原因で抹消された本、魔術書の本のように──。


「俺を抹消しても無駄さ。だって人間は貪欲な生き物だもの。歴史、この本の原本の知識が流布する限り俺は永久不滅さ。ハハハ!アハハハハハ!」


 魔術書の本は法を犯した罪で燃やされ、灰になったが、最期の最期まで独特な高笑いを残しこの世を去った。そして俺はといえば、唆されて人になり、何の本かの記憶も全部失い、何十年とさ迷い、人の姿ながらも虫食い寸前だったのもあってか情状酌量され、選択肢を与えられ、新たな人生、再び本として歩むことになった。これが良い人生かは正直分からない。だがこの先も親しまれて読まれるならば、俺はそれで構わなかった。


「ねぇ、新入りだよね?初めまして!僕は【色の辞典】といいます」


「初めまして。俺は【人間になりたかったおれ】です。よろしく」


「へぇ!君の自伝の絵本なんだ!珍しいね、ねぇねぇそれ、読んでもいい?」


「ああ、勿論。【色の辞典】も読んでみても構わないかい?」


「うん!ぜひぜひ!お互いに読みっこしようよ♪」


 そしてここは本屋と違い、棚に別のジャンルの本があっても何も問題は起きず、他の本も興味を抱き、お互いに読み合いができる、俺にとっての最高の場所となった。

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