現実味のある物語
桜桃
出会いと気づき
今日も重たい本を売り場に出し、目的の本を探している人に声をかけられ笑顔で接客。
腰をおり、下の棚に新しく入ってきた本を入れる。
私は、小さな本屋で働く一人のパート。特に目立つ特技が無ければ、別嬪と言い訳でもない、ごくごく普通なパートだ。
今年の人気ジャンルは、ゲームが関わっているラブコメみたいだなと、頭の中で考えながらいつもの業務を繰り返す。
そんな時、いつもの時間に一人の男性がヘッドホンを耳につけお店の中に。
今日も来た、と思いまながらも、私は気づかないフリをして本を棚に入れる。
なんとなく、ここで気づいたことを大っぴらにすると、気まずいような気がするから、こればかりは仕方がない。
そのまま業務を進めていると、男性の声が横から聞こえた。
「すいません」
「あ、こんにちは。今日も来てくれてありがとう」
「気づいていたのなら、声をかけてください」
「さすがに……ちょっと……ね」
うっ、気づいていた事、ばれていたみたい。これはこれで、気まずい。
声をかけてきた彼は、耳につけていたヘッドホンは外しており、肩にかけていた。
黒い髪と瞳、白いシャツに藍色のパーカー。下はジーンズにスニーカーと、ラフな格好。
顔はすごく整っているから、普通に周りからの印象は良させがな感じの男性だ。年齢的には二十歳以上だとは思うんだよなぁ、落ち着きがあるし。
「あの」
「え、あ、ごめんごめん。どうしたの?」
普通、お客様にためで話すなんてしてはいけないのだけれど、この人は特別。もう何回も来てくれて、声をかけてくれて。もう友達感覚だ。
「この本、ありますか?」
「んー? あ、これはまだお店に出していないね。入荷はしていたはずだから少し待っていてくれるかな」
「分かりました」
スマホの画面を見せてきて、探している本を問いかけてくる。ちょうど、今日の入荷分に入ってきていたはずだから、それを取りに行こう。
バックルームに走り、スチール棚を探す。
どこに何が置いてあるのか、近くに引っかかっている資料に書いてあるからそれを確認。入荷してすぐに資料は更新されるから、今日入荷していてもすぐに分かる。本当に便利なシステムだ。
「あった」
資料のおかげですぐに見つけることが出来た。
彼が探していたのは、少し切ない恋愛小説。男性が読むのは珍しいような気はするけど、あの子はいつもこのような本を買っていく。
理由を聞くと「一番現実味があるから」との事。どういうことなのか分からず、でも何度も聞くのはダメな気がして今もまだ理解はしていない。
そんなことを考えながらお店に戻り、彼の元に。
「おまたっ――……」
棚を見上げている彼に声をかけようとしたが、自然と止まってしまった。
棚を見上げている彼は、今にも消えてしまいそうな程儚く、綺麗。風が吹くとそのまま消えてしまうんじゃないかと。そんな風に私の目に映ったから、思わず手を止めてしまった。
見上げている黒い瞳は微かに揺れ、横に下ろされている手には一冊の本が握られている。姿勢が良く、背中はぴんと伸ばされていた。
元々儚げな男性だとは思っていたが、何故今日はこんなにも消えてしまいそうな程綺麗に見えてしまうのだろう。もしかして、窓から差し込む夕日が彼を照らしているから、今にも光と共に消えてしまうように見えてしまうのだろうか。
「――――あ、ありましたか?」
「え、あ、うん。えっと、何を見ていたの?」
「え、特に。目的は貴方が持ってきてくださった本でしたし。なんとなく見ていただけですよ」
「そ、そうなんだ」
差し出された手に持ってきた本を渡す。中をぺらぺらと覗くと、満足したように閉じ「ありがとうございます」と言って去って行こうと私の横を通り抜ける。
私は振り向き、彼を見送ろうとしたら、何故かいきなり私の方に振り向き、いたずらする子供のような笑みを浮かべ口を開いた。
「知っていますか、店員さん。この本、本が大好きな男子大学生が、本屋の女性店員に儚い恋心を持ち、最後にはくっつくという幸せな恋愛小説なんですよ」
「え、そ、そうなの?」
「はい。なので、この本は探していました」
笑顔で言い放ち、「では」と今度こそ会計に向かう彼。さっきの言葉の意味はなんなんだろうか、何を私に伝えたかったのか。
その時、何故かわからないが。頭に過去、彼が私に言った言葉が過った。
―――――一番現実味があるから
彼は、現実味のある小説を好んで探している。だから、今回も現実味のある小説だったから探していたのだろう。
それって―――――
「……――うそでしょ」
私は今、顔が赤くなっているだろうと思い、急いでバックルームに戻った。
次に会った時、私はいつものように話せるのだろうか。心臓が高鳴って仕方がない。
現実味のある物語 桜桃 @sakurannbo
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