悪逆非道な読者

福岡辰弥

悪逆非道な読者

 タイトルにかれて手に取った本には、しおりが挟まっていた。

 昨今さっこんは紙の本を売るためにわざわざ栞をはさむのか、なんて思ったけれど、出版社の名前もロゴもないこの栞は、明らかにハンドメイドだった。だとすれば、誰かが挟んだままうっかり売りに出したのだろうか? いな、この本屋は古本を扱っていないはずだ。誰かが故意に挟んだのだろう。

 立ち読みをしていた誰かが手持ちがなくて挟んでいったのか、あるいは、現在進行形で誰かが立ち読みし続けているかのどちらかだろう。栞は、残り三割程度の物語をき止めている。ここまで読んだら買うのが馬鹿らしくなる気持ちも、わからなくはない。

 だが、小説を愛する人間として、こんな悪逆あくぎゃく非道ひどうな行いを許すことは出来ない。本を読まずにタブレットを見ている、これまた悪逆非道な店主にげ口をするか、栞を盗み取るか、はたまたこの本をこのまま買って帰ってやろうか。

 様々な悪意が脳裏のうりぎったが、結局僕はその本を棚に戻し、文芸雑誌だけを買って店をあとにした。


 一月後ひとつきご、僕はまた本屋に来ていた。今月号を買うためだった。だが、すっかり忘れていたはずの本のことを、本屋に入った途端とたん鮮明せんめいに思い出した。

 記憶を頼りに例の本を探すと、予想通り、栞は挟まったままだった。しかも、以前より結末に肉薄にくはくする位置に挟まっている。

 僕はふと、この誰かはもしかすると、終わりく物語をしんでいるのかもしれない、と思った。家でならすぐに読み終えてしまう物語を、本屋で肩身かたみを狭くして読むことで、長く楽しもうとしているのではないかと。

 そしてきっと、読み終えたらきちんと買って行くのだろう。相手がどこの誰かもわからないのに、僕はそんな風に想像した。

 仮にそうだとしたら、果たして、物語を立ち読みで読み切ろうとする誰かと、先月号を一度も開かないまま今月号を買いに来ている僕では、

 どちらが悪逆非道な読者なのだろう。

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悪逆非道な読者 福岡辰弥 @oieueo

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