【KAC】或る亡き友へ
譚月遊生季
或る亡き友へ
戦後。復興の
男は、ぶらりと
彼の作品が本屋に並ぶようになって、もう
ふと、その視線がひとつの本に向かう。
「
表紙はところどころが
その筆者は、既にこの世にいない。
男の誕生日に、自ら命を絶ってしまった。
友の名は芥川龍之介。
男の名は谷崎潤一郎。
谷崎は年老いてなお次々に作品を発表しているが、芥川の新作は、もう、二度と生まれない。
芥川は、谷崎と文学論を戦わせた後に命を絶った。……
それゆえに、何かと
……けれど、友であった谷崎だからこそ、分かる。
彼の死の原因は、分かりやすくひとつにまとめられるほど単純ではない。
けれど、
「君はね、いつもそうだった」
古びた表紙を撫でながら、老いた文筆家は独りごちる。
「格好付けなんだ。自らを隠して、より良く見せようとして、本音も弱音も、全部胸の
彼らは、最期まで親友だった。少なくとも、谷崎はそう思っている。
「君は既に死ぬつもりで、遺言のつもりで論じていた。僕はそれに気付きもせず、面白い喧嘩ができると思っていたぐらいだった」
谷崎のスカーフを褒めたウェイトレスにチップを払ったと、得意げに
谷崎がタキシードに着替えた時、わざわざ立ってボタンを
「聡明で、勤勉で、才気煥発で、
芥川は最期まで助けを求めなかったし、谷崎は芥川の深い絶望に気が付かなかった。
スランプのまま芥川は命を絶ち、谷崎はスランプを乗り越えて文化功労者にまで昇りつめた。
同じ老いた顔で。
同じ古書を手に取って。
「いやぁ、懐かしいね」と、笑い合えたなら。
……そんなことを願ったところで、故人は二度と
男は手に持った古書を置き、再び歩き始めた。
まだまだ、彼の頭の中には構想がある。書きたいものは山ほどある。いつまでも、過去に後ろ髪を引かれてはいられない。
その後、谷崎潤一郎は最高傑作とも呼ばれる「
墓は分骨され、
【KAC】或る亡き友へ 譚月遊生季 @under_moon
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