メモリーデバイス

結城綾

メモリーデバイス

現代には電子媒体が主流になっている中、物珍しい私はわざわざ仕事の帰りに本屋に立ち寄っていた。

理由はいくつか存在して、一つは老化による老眼のため、もう一つは……物恥ずかしながらも店員さんとの会話である。


「いらっしゃいませ〜、あれ、今日も来ていらっしゃるんですか」

定型分の後に付け足された文章は親しい中でしか繰り出されない物である。


「いやあ毎日すいませんね、ここ居心地良くって」

「いいんですよ〜、最近お客様来られませんしね」

私と彼女はこの表面積の少ない本屋でレジ越しに話すのが定番になりつつある。

「本って目標達成みたいですよね、文字の上を歩いていって……途中で読みが分からなくって図書館に調べ物に行って……。それで忘れたら道なりを戻るんです……長い道のりですけど、いずれは到達するんです」

彼女はこういった例えがとても上手な子で、勉学に優れているのがよく分かる。

「そうですね、ゴールした後も次の本を読むためにまたスタートします……良い物です」

「ですよね!──あ、すいませんはしゃいじゃって」

「いいんですいいんです」

こうして言葉遊びをしながら、本の感想や議論をしたりと店内の本棚の整理を手伝ったりと意味もなく有意義な時間を暮らしてしまうんです。

「あ、そろそろお帰りですか。外まで見送りさせていただきます」

「今日もありがとうね、独り身の私に寄り添ってくれて」

「お爺さんにはお世話になっておりますから!」

そうして狭いようで広い記録媒体の空間から出てまた人間社会特有の空間へと戻る。

「さようならお爺さん〜また明日〜」

「また明日」

私が最新の文明を頼らないのは何せ時代に取り残されたからではない。

読書だけなら電子媒体で充分なのは味わい尽くしたし、今の時代はパソコンで調べたら無限に等しい情報を無料で提供してくれる。

買うだけなら数秒もかからずに手続きを終えるであろう。

それでも通い続けるのは、少年時代を回顧する場所や雰囲気……アナログで埋め尽くされたデータベースのワクワク感、何よりこういったコミュニケーションを楽しめる。

こうして、彼女との対等な人間からまた元の老人へと姿を変えて明日へと出発する。

ささやかな余生にひとつまみの目標を加えて……。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メモリーデバイス 結城綾 @yukiaya5249

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ