作戦会議というかなんというか
金曜日の放課後。
一年生の部活動はまだ開始されていなので基本的には放課後は帰宅という流れになるのだが、俺はそうではない。
例の空き教室に例の二人。
「大宮と話そうって大宮の連絡先持ってるのか?」
「持ってないわ。私がスマホを持ち始めたのは高校生に入ってからだもの」
深溝の家庭って結構お堅いのかな。住んでいる地域にもよるが、今時スマホを持っていない中学生なんて少数派である。スマホを持っていないということが中学時代の深溝の交友関係の狭さに拍車をかけていたのかもしれない。
「へー。だから前繋いだSNS、フォロー、フォロワー少なかったのな」
「いえ、フォロー、フォロワーが少ないのは単純に知り合いが少なかったからよ。高校からはちゃんと友達を作るために始めてみたものの、知り合ってから交換するまでの流れがわからなくて詰んだのよ。高校生活初日でクラスのみんなが連絡先交換しあっている姿を見て少し憧れたわ」
「悲しい話をするな。てか中学の頃、スマホなくて不便じゃなかったのか?」
「まったく不便を感じなかった、というわけではないけれど、別にそれほどでもなかったわ。家には自分のパソコンがあったもの。調べものや趣味のSNSはそっちを使っていた感じね。一人で黙々とネットサーフィンしていたから世間知らずではないつもりよ」
「でもほら、友達とかと遊びに行くときとか困らないのか?」
「基本的に、誰かと遊びにいくことはないのだから、不便じゃないわ。友達は碧しかいなかったのだし、私インドア派だもの。二人で遊びに行くことが少なかったわ。漫画とか買いに行くときも一人ね。そして、そこ本屋なんかでクラスメイトと出会ってしまった時の気まずさは計り知れないわ。どっちかがどっちかを、一方的に認識するだけならまだいいの。目が合ってしまって、お互いがお互いを認識したときは最悪。向こう側の『あの顔クラスメイトの深溝だよな。話しかけるべきか。うーん、でも喋ったことないしな』という表情が伺えてしまうのよ」
「へー」
「こんな感じで必要ではなかったわ」
深溝の場合は例のSNSをやっていないから友達が少ないのではなくて、友達が少なかった(ゼロに等しい)からやる必要がなかったのだろう。鶏が先か、卵が先かではないけれど、因果関係について少し勘違いをしていたらしい。
「というか、なんでさっきから私の友達少ないエピソードを聞いてくるの?煽っているの?」
「煽ってねぇよ。てか、聞きだしたの俺だけど、勝手に喋りだしたのお前じゃん」
「誘導尋問よ」
「誘導尋問というか、自分から突っ込んでいったぞ。まさに猪突猛進って感じだった」
「女の子を猪に例えるだなんて、乙川君はテレパシーがないのね」
「それを言うなら『デリカシーがない』だ。人に超能力が標準搭載されてるとでも思ってんのか!?」
深溝は異能力系バトル漫画の住人なのかもしれない。
「あら、乙川君にはテレパシーが本当にないの?いつも他人が何考えているか考えながら生きてきたじゃない。必死に顔色を窺って、空気を読んで」
「ロマンあふれるテレパシー能力をそんな嫌味な言い方をするな!しかも俺はそんな生き方をした覚えはない!」
深溝は今の今までの15年間俺を監視していたというのか!?
そして俺の人生が否定された気がする
「ちなみに言うと私にはテレパシー能力あるわ」
「あった!?」
超能力者は実在したのか?まさか俺が持ってないだけでみんな特殊能力持ってんのか?深溝海音異能力系バトル漫画の住人説が真実味を帯びてきた。いやいや、ありえないだろ。ていうか、そんな超能力あったら友達作り苦労してねぇよ。
「今、あなたの考えていることを当てましょう」
え?これで俺のモノローグが盗聴されるのか?恥ずかしすぎるだろ
「『今日も有松先生可愛かった。次の週末に告白しようかな。でもこれは生徒と教師の禁断の恋。だけどそんな壁を越えて絶対に有松先生と一つになるんだから。そう考えてると火照ってきて、体の一部に血液が溜まっていくのを感じる。』よ」
「それはお前の妄想であって幻想だ!テレパシーとファンタジーを一緒にするな!」
「違ったかしら?」
「何もかも違うわ」
有松先生とボーイズラヴな展開なんて嫌すぎる。なんでロン毛野郎と禁断の恋をしなきゃならんのか。そして「どちらが攻めなのだろう」と不毛なことを考えてしまった自分に嫌気がさす。
「俺×有松先生なんてどこに需要があんだよ。いや、あったとしても嫌なんだが。それと、表現が無駄に生々しいんだよ」
「私も見たくないわ。あと、『体の一部に』ってとこ。どこか教えてあげる」
「嫌だ!俺はそんなこと知りたくない!」
「頭よ」
「キレてるだけだった!?しかも怒る要素無かったろ!」
血が溜まる場所が頭でよかった。それ以外の場所なんて考えなくてもいいし、考えたところで得はない。
「でもまさ今乙川君、頭に血が上っているわよ。結果的に私のテレパシーは成功ね」
「嵌められた!?」
確かに過程はどうであれ俺の頭の中には血が上っている。つまり深溝のテレパシーは成功したというのか!?恐るべし策士深溝。
ていうか話が脱線しすぎだ。なんで大宮の連絡先の話からBLの話になっているんだよ。だけれど、こういったくだらないやり取りに懐かしさを感じる自分もいるのも事実だ。
「話し戻すけど、どうすんのさ連絡先。本当に何も知らないの?」
「知らないわ。中学時代の私のSNSアカウントは趣味のためだから碧ともつなげてなかったのよ」
「じゃあ、どうするんだよ...」
頭を抱える。こうなったらクラシカルに矢文でいくか?いやでも弓矢なんて持ったことねぇし。もういっそ狼煙あげるか?
そんなアホなことを考えていてもしょうがないので頭を上げると、視界に有松先生の私物が映る。途端、有松先生の言葉が思い出される。
時代は情報化。
このワークステーションは自由に使っていい。
ならばこれを活用しないという手はない。
実際、俺のアカウントは特定されたのだから。
「そうだ深溝、あれを使おう!あれでSNSアカウントを見つけて、DMで連絡を取ろう」
俺はそう言って指をさすと、深溝は指の先の方に視線を向けた。視線の先にはゲーミングチェアに上質な机、無駄にデカいワークステーションにディスプレイ。例の有松先生の私物一式であった
「それはいい考えだけれど、あれは誰か私物ではないの?」
「あー。あれ有松先生の私物なんだけど、自由に使っていいって言ってたんだ。」
「本当に今さら聞くのだけれど、なぜ有松先生の私物があるのかしら?」
「言ってなかったっけ。俺はこの思春団に有松先生に誘われて入団したんだ。まあ、ほぼ強制的だったけどな」
「ふーん、そうだったのね...」
深溝は考え事をするそぶりを見せる。
「どうした?なんかあったか?」
「合点がいったわ。うまく誘導されたってことね」
「何が?」
「高校生から本格的にSNSを使い始めて、繋がっている人数が少ないのにもかかわらず、なんで思春団のアカウントにたどり着けたと思う?」
確かに。よく考えれば不思議だよな。フォローしている人もフォロワーもいないに等しいのにもかかわらず、なぜ見つけられたのだろう。もちろん思春団のアカウントを多くの人がフォローしているというわけではないし、ましてや校内で大々的に宣伝を打っているわけでもない。
「私ね。入学してから二日目の時、有松先生に話しかけられたの。といっても、有松先生は担任なのだし、別に私に話しかけるくらいおかしいことではないわ。」
「ほう」
「でもね。有松先生は私に『なにか悩み事はあるかい?もしよければ、ここに連絡してね。あ、一応これ学校公式のだから、ご安心を~』と言って思春団のアカウントを見せてきたわ」
「へー、だからかここに来たのか。」
「ええ、何か有松先生は何かを見透かしているようで、スカしているようで、少し不快だわ」
「それには同意する」
深溝も有松先生の手によってここに招かれたのか。俺とは違って依頼者という形で。てかあいつ。誰彼構わずそんなこと言ってるんじゃないんだろうな。やっぱり、深溝からしても有松先生は変人なのだ。
そんな会話をしつつ無駄にデカいパソコンもとい、ワークステーション(名前も無駄に長い)を起動する。俺は有松先生が座っているゲーミングチェアに腰掛ける。
今まで普通のパソコンしか触ったことのない俺はワークステーションと聞いて少し身構えていたが、パソコンとあまり変わらなかった。というかログイン時の、アカウントのパスワード入力がなかったのだが、有松先生の情報管理状態に酷く恐怖を覚える。「田舎出身の人は癖で家に鍵をかけない」という世間知らずな話はどこかで聞いたことがあるが、まさか「田舎出身の人はアカウントにパスワードをかけない」というのもあるのだろうか。さすがにそこまで有松先生は世間知らずではないではないし、おそろく、俺たちが使うのを見越してパスワードのない共用アカウントを作ったとかそんなところだろうけど。
そしてサイトの方から思春団のSNSアカウントでログイン(というかもともとログインされてた)して、ユーザーの検索欄を開く。
「何か、大宮に関する情報はないか?通ってる高校とか、見た目とか、何のスポーツやってたとか」
「そうねぇ。高校は梅坪高校で、見た目は高校に入ってから変わったかもしれないけどショートカットだったわ。スポーツはテニス部だったかしらね」
「さんきゅ」
とりあえず名前で検索してみる。もちろん膨大なアカウントが出てきて絞れない。しかも名前でアカウント名決めてるとは限らないんだよな。
とりあえず梅坪高校と打つと部活動のアカウントがサジェストに出てきた。そこからいろんな部活動や生徒のアカウントのフォロワー欄で大宮碧の苗字、名前、イニシャルを打ってしらみつぶしに探していく。
それを深溝も自分のスマホでやる。
「ねぇ乙川君」
「はいなんでしょう」
「あなた今とても気持ちの悪いことをしているという自覚はあるの?」
「深溝も同じようなもんじゃねぇか」
「そんな人を万物の最底辺呼ばわりしないでほしいわね」
「もしかしてお前、俺のことをゴミかなんかだと思ってるのか!?」
「私は事実を述べたまでよ。そしてそれはゴミに失礼だわ。ゴミは資源として生まれ変わることができるけれど、乙川君はそうではないもの」
「深溝に言いたいことは三つ!一つ目は事実でも言っていいことと悪いことがある!二つ目は俺は生物としての最底辺でもないし、ゴミでもない!最後三つ目はリサイクルできないゴミもある!」
「その情報、二つ目以外いらないじゃない」
クソっ。そうだった。そして深溝の言動によって俺がゴミになり下がると、地球環境と俺のメンタルに負荷がかかるのでやめてほしい。たしかに言われてみれば、女子高生のSNSアカウントを特定するなんてまるで変態じゃないか。いや、変態か。
「やっていること完全に変態だわ」
「うるさい。これはお前のためにやってることなんだぞ」
「私のため、ねぇ。その調子で一生私のために働きなさい」
「嫌だわそんな奴隷みたいなの。てかそれじゃあ有松先生も変態じぇねぇか。誰のとは言えんが人のアカウント特定してたぞあいつ」
「有川先生は変態というより奇人や変人の部類ね。偏人と言ってもいいかもしれないわ」
「確かに、偏ってるよな。あいつ、こんな感じでパソコン持ち込んで今時な面があったり、たまに良いこと言ったりと普遍的ではないんだよな。」
「どっちにしろ、奇人変人には変わりないもの」
故ナポレオンは「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である」と言ったものの、俺からしてみれば真に恐ろしいのは有能な奇人変人である。奇人変人に能力なんて持たせたら何をしでかすかわからない。
そんな会話をしつつも大宮のアカウントを探す、アカウント名が大宮っぽい人を見つけたら過去の投稿を見てっ深溝が本人かどうかを見分ける。完全分業制である。
「見つけたわ。この子、絶対碧よ」
ようやく見つけた。時間にしては一時間もかかってないが、単純作業だったので体感ではもっと長く感じた。深溝曰く、過去の投稿の内容から大宮だと判断したらしい。
俺はパソコン(ワークステーションは長い)に向かってるチェアから立ち上がり。いつもの深溝と向かい合わせの席に座る。
「やっとか。でも、これで終わりじゃないんだよな」
そう、終わりじゃないのである。むしろ始まりというべきかもしれない。大宮らしきアカウントは幸運なことに鍵付きではなく公開アカウントであった。
「そうね。さっそくDM送りましょう」
そういうと深溝はスマホに視線を向けて、キーボードで何かを打っている。深溝の事だからどうやって話しかけたか心配だが、流石に昔からの友人なので杞憂だと信じたい。
「あまり変なこと送るなよ」
「送るわけないじゃない。ネットナンパをしているわけじゃないのよ?」
「ちょっと見せろ」
俺は深溝のスマホの画面を覗くと「こんにちは、お忙しいとこ失礼します。宮碧さんですか?」と送信した画面が見えた。
こいつ幼馴染へのDMなのに堅苦しいな。堅苦しいというか緊張しているのだろうか。
そして数分後、深溝は「返信が来た」といってトーク画面を俺に見せてきた。
そこには「そうだけど」という返信。
そしてスマホを俺に向けている間にメッセージが来る。「もしかして、うーちゃん?久しぶり!スマホ持つようなったんだね」という文面に可愛い絵文字が添えられている。
この文から読み取れることは二つ。一つは大宮碧という人間は深溝の話の通り、愛想よく接しやすい人間だということ。そして二つ目、深溝は幼馴染から「うーちゃん」と呼ばれていること。おそらく「深溝海音」の「うみね」の「うーちゃん」だろう。本人の性格に似合わずずいぶん可愛いあだ名である。
そうかうーちゃんか...可愛いな。
「おお!追加の返信来てるぞ」
「本当!?」
と言って深溝はスマホを自身の方に向ける。
その後
一瞬の出来事であった。
深溝海音は机に広げていたメモ用の筆記用具からボールペンを取り出し、寸分の狂いもなく俺の喉元に突き付けた。突きつけたというか、もうちょっと先が刺さっているのではないかと思う。しかもどうやら後頭部にはカッターが突きつけられている。後ろに逃げようにも逃げられない。
こんな時にも相変わらず感情の読み取りにくい表情である。
「殺す」
だめだ、体は動かせない。動かした瞬間刺される。深溝の一言で、俺の本能がもう動くなと悲鳴を上げる。だけど、口なら動かせる。
それで、最大限減の抵抗を――――
「深溝海音さん!すみませんでしたぁぁぁ!!!!」
「殺すのもいいけど、顔に一生残る傷をつけるのもいいかもしれないわ。体を5㎝角に切り刻んで食べさせるのもいいかも」
「やめてください!忘れる!忘れますからぁ!」
――――できなかった
俺は助けを懇願する。生まれてきて本気の命乞いをした。
てか、俺悪くなくね。見せてきたのそっちじゃん。でもそんなことを言ったらマジに殺られるので口が裂けても言えない。口が裂ける前に俺の喉元が裂ける。
そうやって謝っていると深溝も観念したのか、突きつけていたボールペンを机に置いた。
「このことは忘れて頂戴。私のために、あなたのためにも、ね」
「は、はひっ」
忘れることなんてできるか!本気でビビった。今時、暴力系なんて流行らねぇよ!しかも、その暴力がマジすぎるわ!完全に手練れだったぞ。
「話を戻しましょう」
「はい...」
こいつ、流しやがった。あんだけのことがあってなお、流しやがった。本気でさっきのことはなかったことにするらしい。
「碧と会う約束を取り付けるから」
「う、うん。頑張れよ」
とのことで深溝は大宮との約束を取り付けた。曰く、直接会って会話することが大事らしい。なので、DM上では先ほどの会話と、会う約束しかやり取りをしなかった。
今週の日曜、午前十時、公園で会うらしい。その公園は二人がよく遊んだ公園とのこと。
DMでの会話を終え、深溝はスマホを置いてこちらに向いて一言。
「時に乙川君」
「はい」
「日曜日の事なのだけれど、私の付き添いをしてくれないかしら」
「え、いや、別に空いてるけどさ。二人の邪魔にならないか?」
「私が碧といるときは、私たちの視界に入らないように暇をつぶしてて」
「扱いが雑だなぁ」
「人間として扱ってもらえているだけ感謝しなさい。碧とはお昼より前に話をつけるつもりだから。そのあと、やりたいことがあるのよ。それを手伝ってほしいわ」
深溝や大宮の中学校は山翔と同じ中学校、つまり隣の中学校だからそれほどその公園も遠くないはずである。手伝わせてくださいといった手前、断ることはできない。いや、別にあの発言がなくたって断っていなかったけどな。
その後、いつどこで集合するか深溝と決めて今日は解散した。外はかなり暗くなり街灯がつき始めていた。
帰り道。
ふと顔を上げるたび、空は暗くなっていっているけれど、それと反比例するように、何故か俺の心は高揚していたのだった。
青春のお手伝い始めました! 下心忑 @suburiwosurusoburi
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