友達ってなんだ

翌日。

昼休み。

いつも通り山翔と昼食をとる。相変わらず深溝は一人でいる。ちなみに午前中深溝とは会話していない。


「山翔。ちょっと聞きたいことあるんだけどさ。深溝のこと」

「お、どうした。まさか気になるとか?いんじゃねーの」

「ちゃうわ。普通に疑問に思っただけ。深溝の中学時代のこと、もっと聞かせてくれ」

「別にいいけど。前も言ったようにあんま知らないんだよな」

「なんかないのか?深溝の周りのことでもいい。なんでも」

「お前ちょっときもいぞ。まぁ関係ないかもしれんが一つある。中三の時さ、深溝って三年二組で俺の隣のクラスだったんだけど、そのクラスなんか全体的にギスギスしてたね」


ギスギスしてた、か。それは何か深溝に関係があるのだろうか。


「ほーん」

「二組の友達によると一人浮いてるというかハブられている女子がいたみたいな」

「その子って深溝のことか?」

「いや、深溝じゃない」

「違うんかい、それ誰?」

「いや名前言っても知らんと思うけどな。大宮碧おおみやあおってやつなんだけど、知ってる?」

「しらないわ」

「だろうな、浮いてるとかそういうイメージない子なんだけどな。活発でいい子でおしゃべりで」

「そんな子が何で?」

「そこまではわからん。他クラスのことだし。俺もそこまでは」

「まぁ、情報さんきゅ。なんもないよりはましだわ」


大宮碧か。もしかしたら深溝が一枚かんでるのかもしれないな。


山翔と昼食を取り終え、他のグループの会話に入っていった。昼休みの余った時間で俺は深溝に話しかける。気まずいけれど、話さなきゃいけないし、逃げられないのだ。

俺が深溝に近づくと、官能小説だかBL小説だかわからんが、読んでいた本から視線をこちらに向けた。


「あら、乙川君なにかしら」

「今日の放課後、いつもの空き教室に来てくれ。話したいことがある」

「わかったわ。私も話したいことがあるの」


いつものあの冗談今日はなしか。毒を吐かない深溝なんて新鮮に感じてしまう。


「サンキュ。じゃ、まってるから」


そういって俺はみんなで談笑している山翔のグループに入る。

話したい事。何だろう。




一週間の授業を終えた金曜日の放課後。他の学生は休日が待ちきれない様子で昇降口へと足を運ばせる。そんな中、俺は空き教室にいる。正確に言えばいるだけではなく、深溝を待っているのだが。つい最近までこの教室に呼ばれる側だったにのに俺はいつから呼び出す側になったのだろう。俺も染まっちまったな。なんて思いをふけつつ深溝を待つ。

今日も今日とて有松先生はいない。思春団って有松先生が作ったものだよな。なのになんで常時不在なんだよ。もしかしたら、いないのがベースなのかもしれない。だとしたら昨日あそこで現れたのは本当にタイミングが良かったな。

いつものようにガラガラと音を立ててドアが開く。今度は期待を裏切ることなく深溝だった。


「待たせたわね」

「いや、大丈夫」


いつものように机を挟んで向かい合わせで座る。春の夕日がひどく窓から入って来る。

今日の深溝はいつもと違って、というかいつも以上に態度がよそよそしい。まるで、俺との関係が入学初日に戻った時のように。


「早速本題に入るのだけれど、私から話してもいいかしら」

「ああ」

「私がした依頼。友達作りを手伝ってほしいという依頼。あれ。取り下げるわ」

「どういうことだよ」

「単純なことよ。取り下げる。つまりやめるってこと。もう乙川君はお役御免」

「そういうことじゃなくて。なんでだよ。急に」

「私の求めるものが手に入らないと感じたもの。これ以上関わる必要はないわ」


まるで別れを演出するような夕日に照らされ、深溝はそうきっぱりとそう言った。相手を拒絶するように、自分を守るように、城に籠るように、そう、言いのけた。

まさか、俺だってそんなことを言われるなんて思ってなかった。予想外だった。青天の霹靂だった。


「......そうか。わかった。」

「あら、以外に聞き分けがいいのね。てっきりもっと引き止められるのだと思ったのだけれど。」


思春団は依頼があっての団体だ。逆に言えば依頼を取り下げられれば何もできない。頼まれれば動くもの、依頼の取り消しを阻む義理なんてない。


「その決断は、お前が考えて決めたんだろ?なら、それを思春団は止める権利はないよ」

「そう?ならいいわ、それではさようなら」


だけど、やり残したことはある。聞き逃したこと。それを聞かずに終わるなんてそんなの俺は納得できない


「ちょっと待て。最後に聞きたいことがある。これだけ教えてくれ」


荷物を持って席から立とうとする深溝を制止するように俺は質問する。


「.......まあ、乙川君にはお世話になったのだし、お礼やお詫びという意味も込めて答えてあげる。ただし、これで本当に最後」


深溝は改めて席に座る。


「それで質問は何かしら?」

「なんで、思春団に依頼したんだ?」

「それは前にもいったでしょう?青春が送りたかったからよ」

「そうじゃなくて―――本当の理由」


そう俺が言うと深溝は虚を突かれたような表情をした。その後、取り繕うように言葉を発する。


「そんなものないわ」

「何かあるんじゃないのか。例えば中学の事とか、関係あるんじゃないのか?」


その言葉を聞いた瞬間、深溝は驚いた表情を見せた。

まさかそんなこと言われるなんて、考えていなかったように。

触れられたくない部分を、触れられたように。

もう、言葉では、隠せないほどに

そして深溝海音は諦めた様子で語りだす。


「なんでそんなこと知っているのかしら。本当に気持ちが悪い。はぁ...あんなことを言った手前、話さなきゃいけないのよね。知られることも嫌だけれど変に知られて誤解を生む方が嫌だわ。しかもこのまま依頼を取り消さなければ、いずれは話していたことだろうし...でも、あまり話していて気持ちのいい話ではないわ」


そう言って深溝は自分の中学時代のことを話し始めた。そこには在りし日の仲間との思い出を思い出す様子も、昔を懐かしむ様子もなかったけれど。


曰く、深溝には幼馴染がいた。名前は大宮碧。明るくて社交的、友達も多かった。まさに深溝とは正反対の性格であったそうだ。正反対に位置する二人、凸と凹がお互いに嵌ったのであろうか、意外にも二人は仲が良かった。小学校で出会い意気投合して以来、二人は中学校に進学後もその中が続いた。そして中学三年。同じ県立香流高校を目指す二人にとって幸運なことに、深溝と大宮は同じクラスになった。いや、その後のことを考えるのならば、不幸と言わざるを得ないかもしれない。

時は夏。蝉もすっかりなき始め、これから部活動の引退と夏休みの突入が迫ってくる頃。大宮が同じクラスの女子、ここで言うなら深溝とも同じクラスである女子と、喧嘩をした。中学三年生というのは思春期真っ盛りであり、受験も控えている年なのだから、一概に喧嘩と言っても取っ組み合いを起こすようなものではない。しかもその女子と大宮はもともと友達であった。きっかけすらわからない、本当に些細なもの。まさに、蝸牛角上の争いであった。

だけれど、運が悪かったというか時期が悪かったというか、そのまま関係は改善することなく夏休みに突入してしまった。

思春期真っ盛りの多感な中三女子。

部活を引退し新しく生まれた自由な時間。

受験を意識し始め、溜まっていくストレス。

改善しない大宮との関係。

見つけてしまった。ちょうどいい不満のはけ口。

つまり、そのクラスメイトは喧嘩したままの大宮の陰口、噂をし始めたのだ。最初は小さな腹いせだったのかもしれない。だけれどインターネットを通じて、次第に大きく、広まっていった。ちょっとした陰口から明確な悪意へ、おふざけの噂から大宮への無根拠な悪評へ。

夏休みが終わる頃、それは周りが大宮との関わりを断ち切るにしては十分なものへと成った。当たり前だろう。受験生なのだ。誰だって悪い噂が立つ人間とつるんで問題は起こしたくない。火のないところに煙は立たぬ。触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。と言わんばかりに、大宮は孤立していった。そもそも受験シーズン。何もなくたってピリピリした雰囲気はある。誰も咎めなかった。誰にも咎められなかった。

その大宮の変化は深溝から見て明らかな変わりようであった。大宮が誰かに話しかけたのなら露骨に嫌な顔をされ、クラスのグループチャットで質問したのなら無視され、聞こえるように陰口を言われ、散々な対応であった。

かろうじて学校には来ていたものの、いつかの陽気な姿なんて、そこにはなかった。

そして受験。大宮碧はこの香流高校に落ちたのだ。そりゃあ、香流高校だって進学校なのだ。受かる人もいれば落ちる人だっている。大宮の不合格といじめには直接の関係はなかったのかもしれない。だけど、そんなの、詭弁でしか、なかった。

そして、大宮と深溝はそのまま卒業し、疎遠になってしまったという。


「私はその姿を、見ていることしかできなかった。助けることなんて、できなかった」


中学時代の深溝には親友のために声を上げることはできなかった。そして、人への信頼とたった一人の親友を失ってしまった。


「根拠のない噂に惑わされて碧と関係を断ち切った周りの人間が嫌いだわ。周りの人間と碧は本当に友達だったのかも、碧のことを助けなかった自分は果たして親友と言える資格はあるのかも私にはわからないのよ。それ以前に、碧のことを助けずに見殺しにした、加害者の分際で、被害者面をしてしまう自分が、大嫌い」


いじめでの一番の被害者はもちろん当事者である。だけど、その本人を助けたくても助けられない周りの人間も被害者なのだと感じる。中学時代に作られた深溝の傷は並のものではなかった。

深溝は大宮の事。どんなに助けたくても。助けられなかった。大勢の人間に反対するなんて、そんな恐ろしいこと、できやしなかった。


「だから、変わろうとした。見た目も明るくして。しっかり友達を作って。自分の思っていることは発言するようにして。今度、同じような場面になった時、しっかり、助けられるように。だから、依頼したの。だけど、私の求めていた本音が言える友達なんて偶像に過ぎなかった。」


深溝海音と俺たちの間には最初から壁なんてなかった。

だけど、そこには確かな隔たりはあった。

中学時代に負った深い傷。

壁なんて、なかったけれど、

深溝の心には

深溝の過去には

深溝の周りには

それはもう、修復ができないほどに、深く、大きいものが。


「話してくれて、ありがとう。でもさ、それって、少し違うんじゃないのか?」

「なによ」

「深溝に必要なものってそんなんなのか?中学時代のことは悲しい過去としておさらばなのか?本当に求めてるものってもっと大事なものじゃないのか?」


無力であった過去に蓋をして、前に進んだ。それは、前進したといえるかもしれないけど、解決したとは言わない。


「例えば、その大宮ってやつとの関係...とか」


その言葉を聞いた深溝はかっと俺をにらみつける。


「乙川君に何がわかるっていうの?少し話を聞いただけでわかったような言い方をして。あなた何様よ」


珍しく深溝は感情を昂らせる。まるで、負った深い傷を触られないよう、威嚇するように。


「俺は...何様でもないけど。だけど、俺は、友達だよ。お前の。深溝海音の」


深溝は驚いた顔を見せ、一瞬鋭い眼光が和らぐ。


「俺、あれから考えたんだ。友達って何なのか。だけどやっぱり明確な答えはわからなかった。だけど、わからなくていいと思う。そんなの人によって千差万別だし。どんな形であれ深溝は俺に本心を打ち明けてくれた。それはもう友達と言ってじゃないかな」


深溝は俯く。


「私、乙川君を見くびっていたわ。ずるいのよ。本当に。そんなことを言われてしまったら...確かに今の私に必要なのはもっとある。取り乱してごめんなさい」


深溝は少しの沈黙の後、決心したように顔をあげて、俺を見つめる。


「私、碧と話そうと思う。ちゃんと向き合って謝る。そして、これからもよろしくって伝える。たとえ碧が私を嫌っていたとしても。自分勝手かもしれないけど。友達を作るだとか、青春を謳歌するだとか、その前に。本当に前を向くために。中学時代の忘れ物を、取りに行くわ」

「そっか」


深溝海音は前を向こうとしたのだ。それと同時に向き合うことにしたのだ。過去に、大宮に、中学時代の自分に。

ならば友達として手を貸す以外に選択肢はない。そして改めてこう言おう。


「あなたの青春、俺に手伝わせてください。今度は、思春団としてじゃなくて。乙川響として、友達として。そして確かめに行こう、友情ってやつが何なのか」


いつの間にか夕日は傾いていた。

傾いたといっても今は春なのだから、日照時間はそれほど短いものではないし、夜と比べればまだ明るい方だけれど。

少なくとも、俺たちをひどく照らしていた夕日はもう窓から入ってこようとはしない。

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