作戦決行
次の日。
作戦決行の日。
作戦と言ってもそんな大層なものではないけれど。
深溝が入学して初めて誰かに話しかける日。
作戦はこうだ。
俺の指示したタイミングで深溝が休み時間に山翔に話しかける。
そのあと、俺が山翔に会話がどうだった感想をそれとなく聞く。
それをもとに深溝と話し合って改善する。
見事なPDCAサイクルだ。
ちなみに、俺と深溝はメッセージアプリを繋いでいるので、リアルタイムでアドバイスができる。
あ、言っとくが、ちゃんとスマホは校則でオッケーだからな。香流高校は校則がゆるっゆるで有名なのだ。
そして俺はというと深溝と山翔の会話を盗み聞きできるよう、いい感じにポジショニングする。
我ながら完璧な計画だな。
そんなことを考えつつ、授業の終わりのチャイムを聞く。
よし、作戦決行だ。
うーん、流石山翔と言ったとこだ。あんだけ威勢よく「作戦決行だ」とか言ったちょっと前の自分が恥ずかしい。あいつの周りには常に人間がいる。そのことを完全に考えてなかった。あの状態で深溝が話しかけるのはアウェイすぎる。
俺は教室左後方の席から前方で友達と談笑してる山翔を見つめる。深溝は教室右後方からスマホを触りつつ怪訝そうな顔でたまにこっちを覗く。
メッセージで深溝から「いつのタイミング?」と催促が来る。それに対して「ちょいまち」と変身するも一向に山翔の周りの人間は退かない。
そんなやり取りをしつつ山翔の方に視線を向けた。その瞬間、山翔と目が合う。俺と目が合った山翔は友達との会話を早々に切り上げ俺のほうに向かって歩いてくる。
たぶん、何か言いたげな俺の視線を察して来てくれたのだろう。
まったく、イケメンすぎるだろ。惚れてまうわ。
山翔が近づいてくる間、深溝にメッセージを送る準備をする。
「どした?めっちゃこっち見てたけど」
「あー、うん、あれだ。なんでもない。見惚れてただけ」
俺は山翔からの質問に返答しつつ、深溝に「いくぞ」と短いメッセージを送る。
我ながら違和感しかないな。
「いやきめぇわ。なんもないならいいけど」
冗談を交わしつつ、会話を切り上げ、深溝の方を見る。
目が合った。
その瞬間深溝は何かを察したように立ち上がり、見てろと言わんばかりに自信満々な態度で教室右後方からこっちに歩いてくる。
深溝なら「見てろ」ではなく「見ていなさい。その濁りきった眼で。この私を」とか言いそうだけどな。
「高岳君。少しいいかしら。次の授業の準備を教えてくれる?」
俺の目の前で深溝が山翔に話しかける。
お、ナイス。話題としては無難やな。
てか、俺の時はあなた呼びだったのに山翔の時は最初から苗字呼びかよ。悲しきかな。
「次の授業?数学だよ。てか深溝さんと会話するの初めてだよね。なんかちょっと嬉しいわ」
さらっとこういうこと言うあたり、流石だな。
「ええ、初めてだわ。確かに高岳君からは『あのすばらしき深溝さんに話しかけられて嬉しい』というオーラが隠せていないわ」
「そ、そっか...」
「特に私のどこら辺が素晴らしいのか挙げてほしいわ」
こいつやったな。完全にやってる。初対面でその深溝節はマズい。山翔も急にそんなことを言われてぽかんとしてるぞ。
山翔の身長は180㎝に対して、深溝の身長は165くらいなので目を合わせるとなると深溝が見上げる形になるのだが、深溝のそれは上目遣いと呼ぶのにはいささか他の上目遣いユーザーに失礼に気がする。ていうか上目遣いユーザーってんなんだよ。ユーズ上目ユーザーじゃねぇか。本当は上目遣いって英語で「upward glance」と言うらしいのだが。
上目遣いというより眼を飛ばしている。
庇護欲というより防衛本能が湧く
可愛いというより怖い
その透明感ある瞳でここまで相手をビビらせれるのは才能だと思う。
実際俺はビビってる。
俺の身長が170㎝ほどでよかった。もし自分が高身長だったのならばあの眼光が飛んでいたのか。自分の身長に初めて自身が持てた。ありがとう深溝。
「.....あ、あはは、それはまた今度で。俺も次の授業の準備してないから行くね。まあ、今年一年よろしく」
そういうと山翔は白々しく深溝から離れて行った。
逃げたぞ。あいつが会話に詰まっているとこ初めて見た。
敗北を知らない男が負けた。圧倒的陽キャ山翔を困らせる女、深溝海音。
摩訶不思議な会話を終えた深溝はこっちを向いて一言。
「どうかしら。割と自信あるわ」
だからなんでそんな自信満々なんだよ。
「うん...とりあえず、今日も放課後空き教室来いよ...」
「空き教室に呼び出すなんて、乙川君もしかして告白?出会って二日で?知り合ってからすぐに告白するのは自分の身の程を知らないモテない男のすることよ」
「やめろそれ以上言うな。世間知らずだった中一の時期のトラウマがよみがえる。てか昨日の記憶消えたんか」
「失礼ね、忘れたわけないじゃない。乙川君でもないんだし」
「それ俺が鳥頭って言いたいのか?」
「乙川君は鳥頭というより馬面ね。いえ、あほ面かしら」
深溝には自分が依頼者で、手伝ってもらってるっていう自覚はないのだろうか。自覚があった上でのこの対応なのかもしれない。てか馬面だのあほ面だのは普通に傷ついたわ。
女子からの見た目の悪口は、多感な男子高校生にはダメージがデカすぎるので
深溝の冗談ということにしておく。自分の身のためにもね。
そんな俺が傷ついていることもつゆ知らず、チャイムが鳴る。深溝もそれを聞いて自分の席に戻る。
周りが騒がしくする教室で俺と山翔はいつも通り一緒に昼食をとりつつ、駄弁を弄する。深溝は相変わらず一人で黙々と飯を食ってる。
会話の内容としては新しく出たゲーム、最近会った面白い話など他愛もない会話をしている。
でも俺はいつもと違い、聞かなければいけないことがある。計画はまだ途中段階、反省をして改善をしてからが一区切り。ということで、俺はどことなーく山翔に深溝のことを聞く。
「なぁなぁ。さっきさ、深溝と話してたけどさ。どうだった?」
「どうだったか?また唐突だね」
「どうだったかっていうか、どう思ったか。いや、深溝がだれかと会話してるの初めて見てさ。しかも、美少女じゃんそりゃ気になるわ」
「う~ん、驚いたね」
だろうな。
「会話の内容もちょっと変わってた」
「へー、他には?」
「あんなしゃべり方する子だったんだなって思った。俺さ、深溝と同じ中学校だったんだけど高校に入ってからすごい変わったんだよね」
初耳だぞ。
「えー、あんな美人がいるとか先に言えよ」
「でもクラスも一回も一緒になったことなかったし関わり薄いし。てか、見た目がめっちゃ変わった。中学校時代も美人だったんだけど、あんな感じじゃなかったんだよね。眼鏡かけてて、髪型も違うし、暗かったていうか。なんていうんだろう、美人は美人なんだけど今みたいに目立つ美人じゃないというか、男友達の中で密に人気があったくらいでさ。今のきらきらしてて、明らかな美少女って感じとは全然違う」
「そんな変わったんだな」
それも初耳。てか山翔と同じ中学校だったのか。だから最初の友達候補に山翔を出しても反論はなかったし、話しかける時も最初から苗字呼びだったのか。合点がいった。
「見た目は変わったけど、中身とかは変わってる感じはないかな」
「というと?」
「深溝っていつも本読んでてさ、あんま社交的なイメージないじゃん」
「たしかに」
「中学校時代もそんな感じだったんだよ。隣のクラスに遊びに行くときとかにに教室で本読んでる姿をいつも見かけてさ。三年間ずっと。そんな感じ。いやまぁ、別クラスだし、あんま仲良くなかったから詳しいことはあんま知らんけど」
「へーそうなんだ意外。てかさ、昨日のあの試合見た?まじえぐくね」
俺はこれ以上詮索するのは不自然だと感じ、深溝の話題からサッカーの話題に切り替えた。
深溝はこの高校に入学するときに垢ぬけたというか高校デビューを飾ったのか...だから自分を変えたくて青春を送りたいなんて依頼したのかな。
そんなことを思いつつ、午後の授業を終え、放課後。
例のごとく空き教室には二人。
何も起こらないはずもなくって言う展開は昨日やったので割愛。
昨日と同じで中央の大机の窓側に俺、入り口側に深溝が、机を挟んで向かい合う形で座っている。
「おい、なんだあの会話。昨日、あんだけ自信満々だったじゃねぇか」
「なによ。何もおかしいところはなかったはずだわ」
「自覚ないのか!?しかも会話短すぎだったろ」
「あれは高岳君が私との会話を切ったのよ。私は悪くないわ」
「会話を切ったというか逃げたけどな」
「荘厳な私の前に恐れをなしたのかしら」
「荘厳な私じゃなくて刺すような眼光と話題に逃げ出したんだよ。山翔があんな対応困ってるとこ初めて見たぞ」
「私が人気者の高岳君の初めてなんて光栄だわ」
「やかましいわ。というか、あれなんだよ。あの発言。オーラ云々の話。せっかく山翔がいい感じにしてくれたのに」
「あれは、乙川君の意見を参考にしたのよ。共感が大事って言ってくれたじゃない」
「言ったけど!言ったけれども!ちがうわ。共感の仕方が予想の斜め上すぎだわ。普通『あなたと会話出来てうれしい』って言われたら『私もあなたと会話出来て嬉しい』だろ、少しは偽れ」
「そんな偽るものかしら。実際のところ私自身、私の事を素晴らしい人間だと自覚しているから共感したまでよ」
「しかもその後のやつなんだよ。私の素晴らしい所を挙げなさいって国語のテストか!?」
「あれも乙川君の意見を参考にしたまでよ。質問をして会話を終わらせないようにするって」
「あれは『質問』というか『問い』だわ。しかも答えにくすぎるし。少しは謙遜とかないんか?」
深溝は黙る。教室には静寂が広がる。
少し言い過ぎたかもしれん。でもあの会話はないだろう。誰だってびっくりだ。
少しの沈黙の後、深溝が口を開いた。
「さっきから乙川君『偽れ』だの『謙遜しろ』だの言うけれど、それで仲良くなったものって本当に友達なのかしら。相手に合わせて共感して、他人に意見を合わせる。確かに、気持ちのいい会話はできるかもしれないわ。でも、それで仲良くなったって、残るのは嘘で固められた友情と今後もその人の機嫌を取るために話を合わせなきゃいけないという縛りだけだと思うの。依頼した身である私が言うのは違うかもしれないけれど友達って何?友情って何?青春って何なのよ」
「それは......」
それは......
とっさに疑問を投げつけられて黙ってしまう。
「それは、俺にもわからない。まだ。だけれど、少なくとも俺は、山翔のことを親友って思ってる」
「親友ね...」
深溝は、含みのある言い方でそうつぶやいた。
「わざわざ呼んでくれて申し訳ないけれど、今日は帰らせてほしい」
「そうか...じゃあ、またな」
深溝はそう言って教室を去る。窓からは教室の雰囲気に反してにるい夕日が俺を照り付ける
気まずい別れ方をしたな。
歩き出した深溝の後ろ姿は何か言いたげだったけど、俺は聞かなった。
今更、聞けなかった。
友達、友情、青春
そんなもの、わからない。
生まれてから15年間、何度も聞いてきたし実感もしてきた。
だからと言って理解してるかといったらそうじゃない。
そして俺は深溝のあのつぶやきが忘れられない。何でもないと流すことだってできる。でもそれは違う気がする。流してしまったら何かを大事なものを失ってしまう気がする。
途端、山翔との会話の記憶が蘇る。
高校になって変わった深溝。
変わった
変わり果てた
変貌した
なぜ変わったのだ?あの性格の深溝なら別に自分がどう思われようと知らんふりだろう。実際、中学校時代はそれで生きてきたのだから。
なぜ、青春を送りたいと思ったんだ?高校に入っても別に暗いままでいたっていいじゃないか。
深溝海音
あの含みのある言い方
青春を送りたい理由
なぜ友情、友達、青春はなにかと問うたのか
それは過去に何かあったのではないか?
杞憂かもしれないし俺には関係ないかもしれない。
でも、気になる。気になってしまう。
思春団の一人として。
依頼を承ったものとして
乙川響として。
がらがらとドアの開く音がする。
まさか、深溝が返ってきたのか。
という期待を裏切るように汚いロン毛が視界に映る。
有松先生かよ。期待して大損したわ。こいつはいつもタイミングよくあらわれるな。
「おっす~」と教師らしからぬ挨拶をした有松先生は自前のゲーミングチェアに腰掛ける。
「おうおう、悩める子羊ちゃん。元気かな」
「声のかけ方がいちいちきもいっす。てか、久しぶりですね。忘れてました」
「えぇ~、ひどいよ~。ていうか別に授業であってたじゃん。しかも担任だし」
久しぶりに会った気がする。でもこんな存在感のあるやつ、忘れたくても忘れられないんだけどな。
「ところで乙川。思春団の調子はどうだ?」
「まぁ、ぼちぼちって感じです。進展したかなと思ったら止まっちゃいました」
「そうかそうか~、まぁそんなこともあるよ。人の悩みなんて他人が外側から解決できるもんじゃないからね。解決のお手伝いはできるかもしれないけど、結局本人の見方の問題なのさ」
「それもそうですね。時に先生。友達って何だと思います?」
「急だな~。友達か~。先生も友達の多い人じゃないし。しかも友達という存在の大きさは人によって違うし。自分とか趣味とかが充実していれば友達いらないなんて言う人間もいる。」
「そうですか」
「だけどね。友達って理屈じゃないんだ。メリットデメリットとか損得勘定とかじゃなくてさ。この人と一緒の体験をして一緒の感覚を共有したいと思った人が友達なんじゃないかな。僕はそう思う。これは人によって正解が違うけどね。ってちょっとクサかったかな?」
「ちょっとクサかったっす。しかも最後の一言余計です。だけど、ありがとうございます。あと俺、今から帰るんで、鍵かけといてくださいね」
「乙川は本当に都合のいいやつだな...別にいいけど」
流石教師だな。
明日、また山翔に深溝の事聞いてみよう。
もっと知りたい。
深溝のこと。
そう、思ってしまったのだから。
明日のことに考えを馳せつつ、俺は教室を後にする
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