【KAC20231】十人一、しかばねにいたる(とうとはじめ、しかばねにいたる)【本屋】

なみかわ

アジリティー

 旧人類が数えた西暦でいうと20256年頃。

 ひとりの若者が高性能無人自律型食事配送トラック(適温配膳機能及び汁こぼれゼロシステムver.6搭載)にはねられて、このところ平均寿命が128歳とされる知的AI部門の労働者としてはあまりにも短い生涯を閉じた。

 万物のマザー量子コンピュータへのクリティカルパッチ漏れの出来事かどうか、ガバメント局はすぐに判定フェーズにはいったが、中央機関でのクリスタル512面ダイスふたつの出目はピンゾロの1とはならず、「かれ」の戸籍データには旧来の偶発的な事故で抹消、と記された。


 このとき、オペレーターはddではなくCTRL+Hを用いたと後でSIEMにより判明した。それが「かれ」を所謂異世界に再構成させる原因となった。


 2byte文字でなら十人一、読みは「とうと はじめ」というその単一性別男性の人間は、1バイトずつ削られる戸籍ラベルがたてたフラグにしたがい、別世界に転生した。




「ここは……俺は……ああ、」


 VRヘッドギアをつけたまま、仕事中、外へ出て……オールドスタイルスタバに行こうとしてトラックにはねられたのか……十人一は普段用いるファイルサーバへの接続もできないからわずかにキャッシュメモリに残った情報を集める。SMB以外のプロトコルでほかのサーバにつながるか試すがまったく脳応えが無い。

 代わりに休憩時間に読んだ、はるか昔のマルチバイト文字で紙なるデバイスに刻まれた架空の冒険の記録、それがぽつぽつとメモリの隙間から落ちてくる。すっかり弱った腕を上げてVRヘッドギアをずらすと、辺りはまったく見知らぬ砂の大地……砂漠というやつか、と語彙をとりだして、はあと息をついた。


 生命維持プログラムからのチェックアラートも来なくなったいま、自分はこれからどうなるのか、ひさしぶりに不安というストレスを感じた。いつもならその瞬間に、視界にレイヤーで「休憩を取りましょう」の文字が光るがもちろんそんなアドバイスもない。


 しかし周囲を裸眼でもう一度みまわすと、マイルストーンらしきものが示されている。背丈170cmのかれのひざの高さくらいのそれには、こう記されていた、


「書店入り口」、と。



 十人一は歓喜した。自分の生きていた時代にはもうその姿をみなくなった「本」。「書籍」。そしてそれを信頼貨幣で自らが所有権を獲得できるという「本屋」、「書店」。西暦2000年代の遺物への入り口。迷わずかれはそれのてっぺんにあるボタンを押した。砂地が動き、地下への階段が出現する。



 湿り気のある石造りの階段は数百メートル続く。最下段はもう水溜まりができていた。湧き出した水が階段の材質と反応を起こし、天然の鍾乳石をも産み出していた。

 緑色のマットを全力で踏むと、すりガラスのドアが横にすべる。エントランスにはエアシャワーがあり、微物をとりのぞく。次に腰まではまる深さに純水がはられており、きっちり3分、砂時計をかえして浸かる。さらにもうひとつの扉、これは金銀の松竹が描かれたふすま、をうやうやしく一礼してから蹴り破る。

 ついに本との対面である。紫の煙をあげるもの、常に小刻みに揺れている銀色のもの、床にめり込むもの。もちろんすべて十人一の背丈を越えているし、自分自身で身を開いて、マルチバイトフォント型の鉄の塊を撒き散らす。




「エクセレント! これが、本屋なのか!」




 かつて本屋というものはこのようなていであった。……十人一はパーソナルメモリに保存していた好きなものの情報を引き出してそれと照合し、寸分違わないことにさらに感動した。これまた、もしもいままでの世界であれば興奮値の急上昇のフラグがたち、抑制シグナルをうけていただろう。









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