第7羽

「私に任せてちょうだい。コイツとは、いずれ決着をつけなきゃいけないと思っていたの」

「おっそうか。頑張れよ!」


 勝負に燃える女子生徒に、錬磨は満面の笑みを浮かべてサムズアップして見せた。そもそも二人の名前すらわからなければ、突然のことで状況がうまく飲み込めない。

 ありがたいことに、おおよそこの盤面を把握しているであろう涼芽は、機転を利かせてみせた。


「秀さんはアリスを入学させたいんですね?」

「おっ……おう! つまりはそういうことだ!」

「咲希はアリスが邪魔なんですね?」

「あ、改めてそう言われると厳しいわね……でもそうよ、私は――」

「らしいです鷹取さん」

「最後まで聞きなさいよ!?」


 簡潔に言えば、バケモノ肯定派とバケモノ否定派でクラスが別れた、ということだろう。

 ヘイ涼芽、こいつらの紹介文。


「烏合秀、男子生徒。クラスではムードメーカー的な存在であり、ツーブロックをトレンドマークにしているです。身長の低さがコンプレックス。です」

「某有名ゲームの図鑑説明みたいだな。あと、お前便利すぎだろ」

「後で金取るですからね。それでこっちの女は跡狩咲希、ツンデレポニーテールです」

「ちょっと、私の紹介雑すぎないかしら⁉︎」


 転校して間もない小学生に交友関係抜かされたのだが……という言葉は腕が凍りそうなので胸に留めておく。

 秀を中心に男子生徒が集まった肯定派。

 そして、咲希を中心に女子生徒が集まった否定派。

 先に待ち受ける新たな面倒事を察知し、錬磨はそうか……と視線を落とした。


「お前ら、そんな名前だったのか」

「「酷っ!?」」



 特にピリついた様子もなく授業は進み、訪れた放課後。

 授業中にこそこそと回しあった果たし状の手紙を元に、お互いの派閥は三人の頼れる代表を前にした。


「さーぁ始まりました、鷺ノ宮有栖争奪戦!」

「争奪じゃないけどな」

「お互いの尊厳とプライドをかけた一戦の火蓋が、今にも切られようとしているぅぅぅぅ!」

「暑苦しいな。誰だよお前」

「鷹取さん。いちいちツッコんでいたら進まないです。あとその方は担任です」


 簡潔に言えばこうだ。有栖を入学させるかさせないか、代表の三人同士での三本勝負。そして内容は全て担任に委任している。

 たかがレクリエーションで一人の入学がかかっていると思うと、担任には荷が重すぎるけれど。


「先生、フレンドリーすぎやしないか?」

「今まで通っていたのに気づかないって……、魂抜かれてたんですか?」

「私が骨抜きにしちゃってたかも……」

「本当に骨抜きしてやろうか?」


 錬磨、涼芽、有栖のやり取りを、秀たち男子生徒は憎悪と羨望の目付きで見つめていた。


「合法的にお化けちゃ……有栖ちゃんに触れるなんて、絶対ゆるさねえからな鷹取ぃ!」

「とばっちりだろ。欲しけりゃあげるぞ」

「本当か!? いや、でもそんな簡単にモノにしたって面白くない……ここはやっぱり勝負にバッチシ勝って、かっこいいところをみせつつ……」


 夢見心地で体をうねらせる秀を指差し、錬磨はきょとんとした顔で涼芽に振り向いた。


「だからその顔やめるです。凍らすですよ」

「その意気よ涼芽! できればそのやる気を鷹取くんではなくあの変態バカに向けてほしい所だけど!」


 咲希は腰に手を当て、やる気充分という感じだ。

 ボルテージの上がったこの場を見越し、担任は辞職覚悟と言わんばかりの選手紹介を始めた。


「いい感じに盛り上がってきた所で、選手紹介いくぞぉぉぉお! まずは反対派、孤高の女たらし、鷹取錬磨ぁぁぁぁあ!」

「どこが女たらしだよ」

「おっと鷹取。それ以上は仲間たちが黙っちゃいねえぞ」


 秀の背後には定規や分度器を武器のように構えた、上半身裸の男子集団が。ここは世紀末かよ。


「ゴホッ、ゴホッ……! 喉が壊れそうだから普通にやるぞ。続いて笑わない毒、南田涼芽」

「紹介する必要あるか?」

「担任的には、転入してきた涼芽や鷹取さんに早く馴染んでほしいという思いがあるみたいです」

「ふむ…………」


 錬磨がちらっと視線を向けると、担任は親指を立ててウインクして見せた。錬磨は一度深呼吸をし、好意に甘えることにした。


「最後は、話が長いし鬱陶しい。跡狩咲希あとかりさき

「何よそれ、ただの暴言じゃないの! だいたいこの世の中でそういう発言ってねぇ――」

「なんだか心がスッとした」

「涼芽もです」


 自我をもったチンパンジーのようにキーキーと喚く咲希を宥める女子軍。勝負内容にもよるが、錬磨的には足手まといが二人いることが辛すぎる。


「次、肯定派リーダー。実質バケモノ、烏合秀うごうしゅう

「バケモノ……! ってことは、有栖ちゃんと一緒だね……!」

「人間ってやめれるもんなんだな」

「鷹取さん、憑依体質って大変なんですね」


 錬磨と涼芽が秀に感心している隙に、肯定派二人目のモブ男が紹介されていた。

 やはり、最後の一人はこの女――――。


鏡愛きょうあい、狂愛、強愛! 接着剤の世界からこんにちは、鷺ノ宮有栖っ」

「雑な説明だが、的を射ているな」

「ですね。しかし、接着剤というよりは小判鮫コバンザメです」

「あなたたち……仮にも一緒に住んでいるというのに酷い言いようね……。私がもし有栖の立場だったらとてもじゃないけど耐えられやしないわ」


 相変わらず口数の多い咲希を聞き流し、錬磨はきょろきょろと教室を見回した。

 窓側で陣取る女子生徒たち、加えて涼芽、咲希。

 中央には担任、そして廊下側に残りの世紀末たち。

 有栖の姿がどこにも見当たらない……が、錬磨には有栖がどこから出てくるかわかっている。


「涼芽、ちょっと我慢してくれ」

「え、なんですか鷹取さ――――んぐっ」


 錬磨は涼芽を自身の背中側へと引き寄せた。背後の窓から息を殺して忍び寄り、思い切り錬磨に抱きつく算段だった有栖は、全くの想定外である雪女を胸で抱き締めてしまった。


「もー、なんで避けるのさ」

「お前は俺を色々な意味で殺すつもりか」


 息苦しさに悶える涼芽と、氷のような冷たさに震える有栖。二人の抱き合う様子を見て、秀は身悶えしていた。


「い、いいな南田さん」

「……鷹取さん、お吐き気をお催したです」

「テキトーな丁寧語使うんじゃねえ」

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