第8羽

 生徒たちに囲まれた教室というフィールドで、向かい合う六人の男女。中でも一番低体温の女、南田涼芽は張り詰めた空気を引き裂くように、握りしめた拳を振り下ろした。


「じゃーんけーん……グーです!」


 そう、最初の勝負はじゃんけんだ。至極単純なゲームにも思えるじゃんけんだが、その実、奥が深い。性別や体格、運動神経の有無に関わらず、己の運だけを頼りに勝利を手繰り寄せるという平等制。

 そして、いかに相手に出す手を悟らせないか、振り下ろす手に気合いはこもっているか。世の中のありとあらゆる勝負事においてまず名の上がる、じゃんけんこそが最初の勝負に相応しいのだ。


「ひぃやっ」


 涼芽の迫力に、モブ男はびくっと体を震わせた。


「ふんっ、残念だったわね秀! 私の涼芽は心が読めるのよ、じゃんけんならそんなモブ男なんかに負けるはずがないわ!」

「なっ……! 汚いぞお前ら!」

「涼芽は咲希のモノじゃないですが」


 選手紹介後に行われた、三本勝負のルール説明。最初の勝負がじゃんけんとわかるや否や、錬磨たちは涼芽が人の心が読めるバケモノであると咲希に明かし、先鋒を即決したのだ。


「チョキ、チョキ……なんてモブらしい滑稽な言葉、涼芽には丸聞こえだったです」

「まずは一勝だな」


 錬磨は薄ら笑いを浮かべ、担任に視線を向けた。

 担任は険しい顔で涼芽とモブ男、両者の出し手を確認し、やがて判定の赤旗を掲げた。


「この勝負、肯定派チームの勝ち!」

「「はぁ!?」」


 謎判定に、錬磨と咲希は顔を見合わせた。涼芽の"心を読む行為"が禁止だという説明はされていないし、何よりモブ男は驚いて固まっている。


「……おい、涼芽」


 錬磨による、怒気を孕んだ地鳴りのような声。じゃんけんがあまりにも一瞬のことだったので、モブ男の手はチョキになりきらず、パーっと開いたままだった。

 涼芽も錬磨の様子からそれに気がつき、そそくさと逃げようとしていた。


「どこにいくんだ?」

「……可愛い子の涼芽は、ちょっと旅にいくです」

「ああ。地獄行きのな」


 涼芽は、満面の笑みを浮かべる錬磨から振り下ろされたチョップを頭に受け、ポーカーフェイスはそのままに赤くなった額を押さえていた。


「痛いです鷹取さん」

「生憎、俺は男女平等主義者でな」

「……なにやってるのよあなたたち……ほら、次いくわよ!」


 中堅咲希。なんだかどこぞの犬のような言い回しとなってしまったが、ツンデレポニーテール犬は強気な表情で、変態バカを指差した。


「かかってきなさい秀……! あなたを押し倒すなんて、私にかかれば余裕なんだから!」

「本当は僕が鷹取を倒したかったけど、そこまで言われちゃしょうがない……咲希、僕は君をわからせる必要がありそうだ!」

「錬磨、今のなんだかえっちぃね」

「有栖、反応するな。ばっちぃ汚いぞ」


 お互いに両手を突きだし、じりじりと詰め寄る咲希と秀。そして、掌が触れる距離まで近づいたその時、咲希はぐんと腕を伸ばした。


「先手必勝っ!」


 二つ目の勝負は手押し相撲。両者は向かい合って立ち、掌で押し合って先に倒れた方が負けの勝負だ。これは体幹によって多少の差は出るが、テクニックとタイミングが重要となる。

 故に、考えなしに繰り出された咲希の突きは、秀が掌を合わせて抵抗せず、流れに乗るだけで簡単に受け流されてしまったのだ。


「それじゃ僕は倒せないよ!」

「くっ、まだまだっ!」


 汗を垂らしながらも、必死で押し続ける咲希。のれんに腕押しとはまさにこのことで、秀は涼しい顔のままのらりくらりと体を柔軟にうねらせていた。


「鷹取さん、あれは都市伝説で有名な……」

「ああ。"くねくね"だな」

「錬磨の憑依体質って凄いね、どんどんバケモノが寄ってきてるみたい。嫉妬しちゃうよ」

「あれは最強級のバケモノだろうな」


 開始から既に五分は経過しており、周りの生徒たちは退屈そうに二人の不毛な争いを見つめている。有栖、涼芽、錬磨の三人も同じく、きれいな体操座りで言葉の毒を吐いていた。


「あ。今、秀さんの汗が床に落ちたです」

「それは都市伝説で有名なキモスギ液だ」

「錬磨、咲希ちゃん凄いよ。疲れてるはずなのに、ずっと喋ってる」

「そっちは口裂け女だ」

「「あなたたちお前ら言いたい放題言い過ぎじゃない!?」」


 咲希と秀。二人が同時に錬磨たちの方向を振り返ったことで、咲希は秀の掌という支えを失いバランスを崩した。


「あっーー」


 足を出すこともできず、勢いそのまま顔から床に倒れ行く咲希。

 危ない。そんな声を出す間もなく秀は自らの体を倒し、気づけば彼は咲希の下敷きになっていた。


「……! ……え、ちょ、どうして……!」

「……お、俺だってわかんねーよ。なんか、気づいたら体が動いちまってた」


 ほんの数秒、体を重ねながら見つめ合う二人。やがてツンデレポニーテール犬は、顔を真っ赤に染め、背の低い男を突き飛ばすように起き上がった。


「……へ、変態! どきなさいよ!」

「圧倒的理不尽!?」

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