店の名前は読めなかったが、

秋空 脱兎

『読むと死ぬ本』とその対抗策について

「あら、こんな所にこんな建物なんてあったかしら?」


 黒髪に黒い瞳、黒づくめの服を着込んだ少女が、見覚えのない建物を見上げて首を傾げた。

 少女は入り口の横開きのガラス戸の前にある看板を見て、


読めないわからないわね」


 そこに書かれた奇妙な紋様のような、或いは文字のような何かを見て読もうとして、すぐに諦めた。


「うーん……?」


 少女は建物の正体を探ろうと、ガラス戸の奥を覗き込んだ。

 外から見れる範囲内にあったのは、整然と並ぶ、少女の背丈よりも高い本棚。


「本屋さん、かしら?」


 少女はパッと思い付く答えを口に出して、少し考えてからガラス戸を開けて中に入った。

 あまり日の光が入らない建物の中は、ほんの少しだけかび臭い雰囲気においだった。

 少女は建物の空気を真っ直ぐで小さな鼻から取り込み、にんまりと笑みを浮かべた。戸のレールをまたぎ、ガラス戸を閉め、奥へ進みながら本棚を見て回る。


「ふむふむ、成程成程……? これもこれも、読めない、読めないと。地球のこの辺で使われている言語じゃないものばっかりね」


 少女は関心とも呆れとも取れる口調で言い、適当に目星を付けた本を棚から引っ張り出そうと手を伸ばそうとして、


「いらっしゃい」


 指先が本に触れる直前で、誰かが声をかけてきた。

 少女が振り向くと、そこにはふくよかな体格の中年に見える男性が佇んでいた。

 少女は男性を認めると、ほんの一瞬だけ表情を変え、すぐに微笑み、


「あら、こんにちは」

「どうも」

「ここは本屋さんでしょうか?」

「まあ、そんなところだね。お嬢さんは、どこから入ってきたんだい?」

「おじさまの後ろの方にあるガラス戸からですね。鍵はかかっていなかったのですが、休業日でした?」

「いいや」


 男性はゆっくりと首を振り、首を傾げ、


「地球人がどうやってここを見つけたんだ……?」


 人間には聞こえない領域の音かつ早口で呟くのを、少女が聞き逃さなかった。

 少女はあえてそれに触れずに、代わりに周囲を見渡し、


「ここでは、どのような本を扱っているのですか? 見た限りですが、私のっている言語が見当たらないのですが」

から仕入れた古めの、君にとっては危険な本を扱っているからね」

「私にとっては、ですか?」

「そうだよ。たとえば、さっきお嬢さんが引っ張り出そうとしたその本だけど────それはね、『読むと死ぬ本』なんだ」


 少女は先程触れようとした本をちらりと見て、


「『読むと死ぬ本』、ですか?」

「そう。この宇宙には存在しない、あってはならない知識がしたためられている」

「そうなんですねー」


 少女は興味津々といった様子で『読むと死ぬ本』を手に取ると、適当に本の中央付近のページを開いた。


「たとえ読めずとも地球人の心の構造では一文字ひともじ見るだけでもってちょっとお!?」

「へえー、『情報を認識しただけで宇宙のどこかにこの超上ちょうじょうの存在は出現する。時空を越えて存在する故、誰も何も逃げられない。諦めて最期の日が来るまで幸福に生き給えよ』、ねえ?」

「なに……読めるのか?」


 男性は驚いた様子で何度も目をしばたかせた。


「ええ、バッチリ読めるみたいですね」

「何と……地球人には認識出来ないような線もあるというのにか」

「こう見えて結構訳アリなのですよ」


 少女は微笑み、口の、犬歯がある辺りを指差しながら言った。


「何? ……ちょっといいかな?」


 男性はそう言って、少女の姿を凝視した。

 その静脈血のような赤黒い髪と、赤黒い瞳を見て、


「ほほお。君は、この星でいう吸血鬼なのだな? どうやら太陽の光を浴びても平気な部類のようだ」


 正体を言い当てられた少女は、優雅かつ残酷な笑顔を作り、余人のそれよりも遥かに鋭い犬歯をちらつかせ、


「血を吸う必要はないのですけれども、一応は。そういう貴方こそ、異星人のようですね。地球人に寄せているようですけど、瞼が上下と瞬膜で三枚、首の角度が二百七十度まで回る……オゥル星系人の方でしょう?」

「ほっほ、正解だよ」


 オゥル星系人の男性はそう言って、首を二百度回転させ、


「擬態は解いた方がいいかな?」

「別に戻さなくとも。私だって、髪や瞳を元の色に戻していないのですから」

「それもそうか」

「ええ」

「バラした以上隠す必要はないから言ってしまうがね、ここは異星人向けの古本屋なんだ」

「ああ、それで。この本もそうですけど、見覚えのない言語ばかりな事に合点がいきました」

「因みに、どうやってその本を読んだんだ?」

「筆跡に残る音の記憶を再生したんですよ」

「…………。成程、オゥル星系でも聞かないような技術だというのは解った」

「折角なので、この本、頂いてもいいですか?」

「ああ、構わんよ」

「支払いは日本円でも?」

「ああ、それなら税込み一万円」


 吸血鬼の少女は値段を聞き、財布を取り出す動きを止めつつオゥル星系人の男性を見て、


「安すぎません? 宇宙を滅ぼせる知識」

「これが意外と適正価格なのだよ」

「そうなのですか?」


 少女は怪訝な表情になりながら財布から一万円札を取り出し、男性に差し出した。


「仰々しく書かれてはいるがね、倒せるくらい強い存在はそこかしこにいるもんだよ。この地球ほしにも結構いるよ」

「へえ……?」

「だからこそ、こうして情報が残されているんだよ。まいどあり」

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