第5話
かくして、無事に買われた主人公と図鑑ちゃん。
帰宅後、早速子供は包み紙を少々強引に破くと主人公を読み始める。
表紙こそ帽子を被り微笑むおじさんの不気味にも見える絵が描かれており、子供はまるで怪談本を読む様な面持ちであったが、内容を読み進めると目を輝かせ始めた。
ただ、やはり読めない漢字が多いのか、すると隣でニコニコしていた老人がその都度フリガナを振ってくれる。
おう⁉ 本に色々書くタイプか!
主人公は驚く。
そうした手合いの人が居ることは知っていたが、まさかこうして見れるとは――何より自分がそうなるとは夢にも見なかった。
賛否両論あるだろうが、主人公的には歓迎できる。
やがて子供は図鑑ちゃんを広げながら、作中に出てきた虫を調べている。
すると、その内図鑑の方が気に入ったのか、主人公を閉じると図鑑に熱中を始めた。
まあ、子供には図鑑ちゃんの方が良いだろう。
自分を読むのはもう少し後でも問題はない。
暇になった主人公はふと部屋の中を見る。今まで店の中であったから、こうして誰かの部屋に置かれることは久しぶりだ。
部屋の内装はさながら書斎と言ったところか。高級な机に座り心地の良さそうな革製の椅子が置かれている。何より目を惹くのは立派な本棚とそこにきっちりと並べられた本の数々。
背表紙を見るからに、どれも難しそうな本ばかりだ。どれもが学術書に近く、何か一つのことに対する専門書も数多く置かれている。小説の類はあるが、どれも古い時代のものばかり。
下の方には幼児の姿をすっぽりと隠せそうな大きさの本もある。恐らくは写真が載せられている本なのだろう。どの本も会話をせずにひっそりと読まれるのを待っている。
どう見ても子供の部屋ではない。恐らく、この老人の書斎か何かなのだろう。となると、この老人は学者か教師なのか。
ふと老人を見ると、子供が図鑑に熱中している間、彼も本を読んでいるようだ。背を向けているので何を読んでいるかはわからない。
とても真剣な横顔だ。
難しい本を読んでいるに違いない。
やがて、下から二人を呼ぶ声がした。時刻は夕刻、食事か或いはお風呂か。老人はかけていた眼鏡を置き、それから読み耽っていた本を無意識に椅子へ置いた。
図鑑ちゃんを連れて行きそうになる子供を呼び止め、置いて行くように言うと老人と子供は手を繋いで仲良く部屋を出て言った。
「凄い熱心に読んでくれるね! 嬉しいな!」
図鑑ちゃんは飛び上がりそうなぐらい喜んでいる。可愛らしい仕草だが、来て早々に古株の本たちの批評を買いたくは無い。
主人公はそう思い、図鑑ちゃんに静かにするように言おうとするが、近くの本棚にいた本がそれを制してきた。
驚いて棚を見ると、どの本も図鑑ちゃんの様子を暖かく微笑んで見ている。嫌な顔など一つも無い。
どうやら良い家に恵まれたようだ。
ここならば、それなりに長く――愛してくれるだろう。
例え子供が大きくなっても、新しく生まれてくる子に本が受け継がれるかもしれない。
「あら、馴染みある声がしたと思えば、貴方たちだったのね」
椅子の上から、少し前まで――あの書店で聞いたことのある声がした。
どうやら、椅子の上にいたのは姐さんだ。
え、待てよ。
つまり、あの爺さん……
え、孫の横で、そんな淫靡な過激な本を?
まさか、その本、こんな難しそうな本と並べるのか?
おいおい、本棚も少し騒がしくなってるぞ!
特に、ほら、背の高さも同じで収まりの良さそうな小説の棚の本たちなんか、必死に目を逸らしているって!
そんな雰囲気など気付かず、図鑑ちゃんは姐さんとの再会を喜んでいる。
主人公も声をかける。すると、棚の本たちが一斉にこっちを見た。
やばい、姐さんと一緒にいた本だと印象付けられた。
気まずくなる雰囲気の中、姐さんは恍惚とし、何故か湿気の多い、言わば湿潤な頁を靡かせて爽やかに挨拶をする。
「初めまして。見ての通り私はこういう本でして、ジャンルは割と過激? もう、凄いのよ! 特に中盤、淫らな玩具で男の菊――」
「だあああああッ!! ダメダメッ! 駄目だって姐さんッ!」
『カラベ書店』店頭安売り雑談 金井花子 @yanagiba0731
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