オカルト令嬢と本屋【KAC20231】

キロール

アウレート伯爵の本屋

 アウレート領の主要都市サベルにその本屋はあった。小ぎれいな外観に反して扱う本の類は古臭い物ばかり。

 魔術師イェレが若い神との交信の果てに書いたと言う「剣神に関する驚嘆すべき物語」や大賢者アッシュグレイの著作として知られる「多次元門」、果てには異端審問官に見つかれば何をされるか分かった物ではない古の神への祈祷書「ナグ=ナウロに捧げる連祷」などなど。

 その本屋には古書、魔導書の類ならば概ね揃っていた。


 そんな本屋は普通の領主の元では警戒されたり、神殿協会に目をつけられるはずだがアウレート領に限ってはそれがない。

 色々な理由はあるけれど本屋の主はラインベルク・アウレート、伯爵家の嫡子が営んでいる本屋であることが第一の理由になるだろうか。

 いや、その言葉は正確じゃない。

 今では伯爵さまご本人が営んでいる本屋だからだ。


 先代様は良き統治を行ってくれた方であったから、その嫡子がちょっと如何わしい本屋を経営していても誰も文句はなかった。

 ラインベルク伯爵の治世となっても良き統治に変わりはなかったので、ちょっと変な趣味があっても良いじゃないかという空気が領土内にはある。

 ボクもそこには否は無いんだけれども、伯爵の趣味はちょっと変では済まないと思う。

 かなり変だ。

 それを言うと大体の人は貴方の方が変だと言うんだけれども。


 ボクはアウレート伯爵の本屋に通う常連の一人だ。

 週に二日だけ、執務の合間に開くあの本屋が憩いの場所だ。

 そんなボクが言うのだから、まず間違いなくアウレート伯爵とあの本屋は変だ。


 例えばこんな事がある。

 ボクがいつものようにアウレート伯爵の本屋で趣味の本を探していた時に珍しい客がやって来た。

 フードを被った妙に長細い影は蛇人間セルペニアンだからだろう。

 蛇人間が来る、それ自体は奇妙な事じゃない。

 アウレート領は昔から多種多様な種族を差別も区別もすることなく迎え入れてきているのだから。

 問題はその蛇人間が時々姿を見せる事じゃなくて、見せる度に持ち込んでくる書物の方だ。


 それは建国の祖である雷光帝スラーニャの直筆の魔術書であったり、異界の怪物について詳しく書かれた無名の魔術師の書であったり、ナグ=ナウロの娘を称える詩集であったりすることだ。

 一番最後の書こそヘボ詩人が勝手に書いたものかもしれないが、最初の二つは出所が全く判断できない。

 雷光帝は二百年前の人物だし、そもそもその直筆の書を何故蛇人間が持っているのか。

 また、異界の怪物について書かれた書は、どれも実在が疑わしいのに妙に真に迫る記述が成されていて本当に怪物を見た人物の著作か、名のある作家が匿名で妄想の翼を広げて書いた贋物としか思えなかった。


 入手経路も不透明な本が多いし、どれもボクの趣味に合致するような系統の書であることを考えればその奇妙さは伝わると思う。

 集める本がそればかりでは度を超すと神殿協会内部の強硬派が異端審問官を送りつけてくるんじゃないとヒヤヒヤする。

 現に神殿協会の力が強い地域ではアウレート領の主要都市サベルを指して魔都などと呼ぶと聞くし、最近は妙に正しい信仰とやらを押し付ける声が大きい。


 でも、ボクが伯爵に懸念を伝えると彼はいつも通りの眉間にしわを常に寄せた厳めしい顔でボクをじろりと見やって言うんだ。


「私の店の心配より、自身の婚約でも心配したまえ。なんだか先方は君の趣味を危惧しているそうじゃないか」


 なんて言ってけむに巻く。

 いや、確かに良い顔されていないんだけれども、元々ボクの様な人間を嫁に貰おうと言うのならばデンと構えていてもらいたいもんだ。

 そう言い返すと伯爵は肩を竦めた。


「ご尊父も諦めているのか、そうなったらそうなったでと割り切っておったがな。しかし、まあ、君の言葉も一理あるか」


 そう言って呆れたようにボクを見ていた伯爵だったが、不意に何かを思い出して店の奥へと引っ込んだ。

 そして暫くしてから焼き菓子の盛り付けられた皿を持ってきて。


「リーアよりオカルト趣味のご令嬢が来たら出してほしいと言われていた」

「わぁ、リーアさんのお菓子好き!」


 思わずいつもの喋りじゃなくて素が出たけれど、いまさら伯爵が気にする筈もなく子供かと肩を竦めて、それから一転して険しい顔つきになり。


「菓子を食うのも本を見分するのも構わんが、菓子を食ったその手で本に触れるなよ?」

「んんっ! や、やりませんわよ、その様なお行い。しっかり手は拭かせていただきますわ」


 言葉遣いを改めていつも通りに変えると、伯爵が珍妙な生物でも見るかのような視線を投げかけて来た。

 そこは失礼ではありませんこと? 等と自分でそう思っただけで違和感感じるけど貴族社会なんて上辺取り繕わないといけないし。


「ベイル君がいる時はそんな言葉遣いをするなよ? あの魔術師笑い転げてしまう」


 常連の陽気な魔術師の名を出しながら伯爵は告げる。


「そうは申されても、わたくしにも体面と言う物がありますのよ?」


 そうボクが返すと伯爵は貴族なんて奴は面倒な事ばかりだと嘆いて天を仰いだ。

 

 伯爵の言葉は事実だし、その嘆きは分かるけどさ。

 ボクから言わせると伯爵は大分やりたい放題だと思うんだけれど。


<了>

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