僕らは記す必要がない

染井雪乃

僕らは記す必要がない

 人間を、拾った。

 何でかなあ、と呟けば、人間――マリアという“名前”があるらしい――は、「僕がおまえを拾ったんだろうが」と顔をしかめて言葉を投げつけてくる。

「そんなんもうどっちだっていいよ」

 僕は投げやりに返した。

 マリアという少年が住み着いた古びた小屋に、魔力すっからかんの僕がやってきた。これだけ見れば、僕が拾われた方で間違いはない。が、魔物の類がこの小屋に寄りつかないのは、強い魔法使いである僕がいるからだ。まあ、マリアは痩せ過ぎているし、食いでがないのもあるだろうが。

 だからまあ、どっちも相手に拾われたで間違いはないし、そこを争う気はないんだ、僕は。


 僕は人間の形をしてはいるものの、中身も生活も人間とひどく違っている。魔法使いってそういうもの。

 魔法使いが人間と共有するのは見た目と言葉だけなんていうのは、魔法使いの数少ない共通認識だ。

 物珍しくて、食事――これも魔法使いには必要ではない――を作るマリアに話しかけ続けていたら、とうとうマリアの堪忍袋の緒が切れた。

「そんなに知りたきゃ、街で本でも買ってこいよ。こっちはテメェと違って食わなきゃ死ぬんだよ」

「ほん?」

 ほん、って何、と問えば、マリアは手を止めて僕を見た。

「本は、知識を記録して他のやつ――遠くのやつとか未来のやつとか――に伝えるために書き溜めたもんだよ。魔法使いだってあるんじゃないのか、そういうの」

「ない」

 僕は明確にマリアの推測を否定した。

「だって、魔法使いはすべて魔力で伝えるし、言葉さえ補助的なものだよ。そりゃあね、人間と関わるやつは字の読み書きってのをするみたいだけど」

 そもそも、魔法は誰かに教わるものでもないし、魔法以外のことを覚えている必要もそんなにない。魔法使いは基本的に未来永劫一人で生きる生き物だから。

 たとえ、人に混じる生き方を選んでも、魔法使いはずっと一人だ。そういう風にできている。

 記す必要はない。

 僕ら魔法使い――僕らなんて言うけど、理性を持ち、魔法を使う生き物という共通点しかない――には、書き記す必要はない。魔力の痕跡が、魔法が、否応なく多くのことを理解させるから。

「魔法使いには、無縁の営みだ。ほんってやつ」

 そんなもんか、と呟いてマリアは食事作りを再開した。


 こんな話は、記憶の片隅に葬り去られるはずだった。

 だけど、今になって思えば、聞いておいてよかった。

 本を使って僕はマリアを探している。

 僕は今日も世界中の本屋に魔法のかかった本を置いている。記されたことを読めば、マリアがあの小屋での日々を取り戻す、そんな本。

 なるほど、未来の人間に伝えるために本を書くとはこういうことか。

 今日も僕は、本屋に魔法のかかった本を潜ませている。最近は電子書籍というのもあるから大変だ。

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僕らは記す必要がない 染井雪乃 @yukino_somei

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