店番をしてみて、見える景色
佐倉伸哉
本編
「圭一。急で悪いけど、今日一日店番してくれない?」
土曜日の朝8時。大学もバイトも休みだから思いっきり寝てやろうと思っていた俺は、母から叩き起こされるなりそう告げられた。
起きて間もない頭はまだ本格的にエンジンがかかっておらず、事態がよく呑み込めていない。母も言葉足らずなのは自覚しているみたいで、さらに続ける。
「お父さん、店の前の雪
母の説明を聞いて、状況は把握した。
窓の外を見れば、数センチくらい雪が積もっている。客商売をしている関係上、店の前や周辺は雪を透かさねばならない。たかが数センチで……と雪の降らない地方の人は思うかも知れないが、雪を甘く見てはいけない。水分を含んだ雪は見た目以上にかなり重たく、スコップで
一応、母は“要請”の
「……分かったよ」
俺に、拒否権はない。ちょっとでも渋ろうものなら「じゃあ私の代わりに炊事洗濯掃除に買い物、それにお父さんを病院に連れて行ったりお世話したりしてくれるのね?」とカウンターパンチが待っているので、素直に従うが
「ありがとう! レジのお金は私がやっておいたし、あとは9時にお店を開けて店番してくれるだけでいいから。もし暇だったらスマホ……は世間体があるから困るけど、本なら読んでいていいからね」
言いたい事は終わったとばかりに、母はさっさと部屋から出て行ってしまった。父の世話や支度など、やらねばならない事があるから仕方ない。
あとに残された俺は、とりあえず
9時。俺の実家である『
大学の長期休み期間に父や母が食事や休憩などの時に短時間店番をすることはあったので、流れは大体分かっている。それでも、丸々一日というのは初めてかも知れない。
店自体は、そんなに広くない。取り扱っているのは雑誌や書籍・マンガなどで、ラインナップも新刊や人気作・有名作が中心だ。ざっくり言えば、“街にある本屋さん”という感じだ。
まぁ、ぶっちゃけて言えば「こんな店に開店早々来るような暇な客は居ないだろうな」と高を
「おっちゃーん、おはよー」
入って来たのは、小学生と思われる男の子が3人。てっきりお年を召した人が来ると思っていただけに、予想を裏切られた形だ。
「……あれ? おっちゃん居ないのですか?」
カウンターに居るのが俺だと分かり、話していた男の子の声のトーンが急に落ちる。他の2人も明らかに緊張している顔で俺を見ている。まぁ、知らない人だから仕方ないと言えば仕方ないか。
「ごめんね、ちょっとお休みしてるんだ。それより、今日はどうしたのかな?」
明らかに
「えっと、借りてた本を返しに来ました! あと、新しい本を借りたいです」
そう言うなり、背負っていたリュックからマンガ本を何冊かカウンターの上に出す。男の子の説明を聞いて、納得がいった。
ウチの本屋は、貸本も扱っている。読みたい本があればお金を払って1週間の貸し出しをしている。
男の子達から借りていた本を受け取った俺は、折り目や汚れがないかチェック。売り物なので子どもだろうと状態が悪ければ弁償や買い取りを求めなければならない。……ただ、その必要は無さそうだ。本の変形もなく、折り目や汚れも見当たらない。子どもながらに大切に扱っていたのだと伝わってくる。
「……大丈夫。では、新しい本を選んできてくださいね」
俺からのOKが出るのを
それぞれが読みたい本を物色していく男の子達。店内には3人しか居ないけど、騒いだり走り回ったりはせず、静かに本を探したり試し読みをしたりしている。
「おい! 試し読みは1話までだぞ! 2話以上はルール違反になるぞ!」
「ご、ごめん。つい面白くて……」
試し読みをしていた男の子に、注意をする友達の子。そう、ウチでは“マンガの試し読みは1話まで”というローカルルールがあるのだ。試し読みで1巻全部を読んでしまっては店の売上にならないので、お客さんの方で決めたらしい。
そんなこんなで、男の子達は思い思いのマンガを借りて、お店から出て行った。心の底から楽しみにしている顔が、印象に残った。
開店から4時間が経過。世間では休日に当たる土曜日はお客さんの来店が多い日ではあるけれど、今日は雪が積もっているのもあって出足は少な目。男の子達の後は一人で入ってきた若い人が店内をウロウロしてそのまま帰ったり、夫婦と思われる中年の方が小説の棚を見ていたけれど目的の品は無かったみたいで何も買わずに帰ったりと、あまり売上は伸びていない。
お腹は空いてきた。でも、俺の代わりに店番をする人が居ない以上は、ここに座っていなければならない。トイレに立つ時に『席を離れています、暫くお待ちください』の札を出して
今日はこのまま暇なのかな~……と思っていたら、ドアベルが鳴った。
「こんにちは。……あら、圭一君じゃない?」
入って来たのは、上品そうな雰囲気のおばあ様。
「ご無沙汰しています、みどりさん」
この方は、常連の“みどりさん”。ご近所さんであり、お得意様でもある。
「お父様は?」
「実は、ぎっくり腰をやりまして……今日は私が店番をしてます」
「あらそう、大変ね~」
事情を説明すると、みどりさんは共感を示す。歳が近いのもあり、他人事とは思えないのだろう。
「今日はどうされましたか?」
「そうそう。ウチの店で頼んであった雑誌を取りに来たの。いつもならお父さんが配達しに来てくれるけど、来なかったから『どうしたのかしら?』と思って」
みどりさんは美容院を経営している。定期購読をしているお客様には父が自転車で配送をしており、この定期購読もそこそこの数があるのでお店の経営を支えてくれている側面があった。
「畏まりました、少々お待ちください……」
事情を把握した俺は、定期購読の棚からみどりさんの雑誌を探す。あいうえお順に並べられていたのもあり、程なくして目当ての雑誌を見つける事が出来た。
「お待たせしました。こちらでお間違えないでしょうか?」
「えぇ、これで間違いないわ。……ありがとね」
「いえ、こちらこそご
父の代わりに頭を下げると「いいのいいの、たまには歩かないとね」と
正直なところ、俺は店を継ぐべきかどうか、迷っていた。
電子書籍やネット通販の普及で、街の本屋さんは苦境に立たされていた。リアル店舗を利用する客もまだまだ少なくないが、品揃えの豊富さや専門書の取り扱いなどを考えれば大型書店に足を運ぶ事が多い。本屋はそもそも
けれど――今日一日カウンターに座っていて、見えてきた景色があった。
本を買うだけなら、ネット通販でも電子書籍でもいい。そもそも論、本を読まない人からすれば、「別に本屋なんかあってもなくてもどっちでもいい、無くても困らない」と考えていても不思議でない。だからこそ、本屋さんはここ数年右肩下がりで数を減らしている。
しかし、それでいいのだろうか。生活に必要なお店しか残らなかったら、それこそ味気ないのではないか。本屋とは、“生活に潤いを与える”お店なのだ。日常の中で非日常を提供するお店……と言ったらちょっと
このお店が無くなって、悲しむ人の姿が目に浮かぶ。あの男の子達や、みどりさん、他にも居るかも知れない。そう考えると、安易に潰してしまうのはどうだろうか。……今度、父と話をしてみよう。そう思えてきた。
「ごめん圭一、お待たせ。ご飯食べてないよね? 食べておいで」
店の裏から、母が現れた。どうやら色々な事がひと段落したみたいで、交代してくれるみたいだ。母の到着で張っていた気が緩んだのか、急にお腹が空いてきた。お言葉に甘えて、昼食休憩に入ることにした。
カウンターの中にある椅子から立ち上がると、店の中を一望する。この店の中には夢や楽しみが詰まっているのだな、と考えると、ちょっと誇らしい気分になった。
店番をしてみて、見えない景色を見た気がした。……本屋って、いいかもな。店を継いでもいいと思いながら、休憩に入ることにした。
店番をしてみて、見える景色 佐倉伸哉 @fourrami
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