本屋とトイレの関係は

梓馬みやこ

本屋とトイレの関係は

 本屋に入ると……トイレに行きたくなる人がいるらしい。


「それ意味わからないから。どこがどうなったらそうなるわけ」


 彼女の相変わらずの雑学力に、彼はいつもの通りに素直な感想を述べる。


「紙の匂いがどうとか……インクの匂いだったかな」

「化学反応か。なら、わからないでもないけど」

「一説には、緊張するからという話もある」


 意味が分からない。なぜ本屋に来て緊張するのか。本嫌いなら自分から本屋になど来ないだろうに。

 彼は見渡す限りの本棚を視界に収め、呟く。そんな隣から返って来るのは更なる驚愕の続きである。


「本屋さんにはトイレがあまりないのがプレッシャーなんだって」

「どれだけトイレ行きたいの!? 大型書店なら大体あるよ!」

「いつの時代の話だろう」


 しかし、彼女が小耳に挟んだことがあるからには、割と有名な話なのだろう。あるいは異口同音で同意者多数だったか。最も「紙」から「電子」になった今、そこにどれほど同意があるのかわからない。

 大体、今時本屋でトイレに行きたくなったら本屋のトイレは満員御礼になるだろうに。

 トイレのある方を無意識に眺めるが、もちろん行列など出来てはいなかった。


「昔の話か。お前、記憶力いいからな」

「覚えようと思って覚えたわけじゃないけど……でも気持ちはわかるかな」


 本の一冊を手に取りながら彼女はまさかの同意を示した。


「これだけ大きい書店だとさ、背表紙端から端まで眺めたくなって三時間くらいいられるから」

「背表紙眺めるとかどんな趣味だよ。三時間もいたら一回くらいトイレ行きたくなるわ」


 それは違う。絶対違う。

 いつのものごとくフラットなテンションで呟きを落とした彼女を前に、思うがもはやこれ以上の論争は不要。

 判断した彼もまた、黙って隣の棚の本を手に取る。

 それはふらりと何となく立ち寄った、陽光暖かな、とある春の昼下がり。


 今日はこのまま、三時間もいないで済むようにと思いつつ。

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本屋とトイレの関係は 梓馬みやこ @miyako_azuma

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