本屋さんで都合が良い!

維 黎

都合がよい話

「――んしょ、んしょ……と、届かないぃ」


 本棚に片手を添えて爪先立ちで背伸びをするけどギリ届かない。指先、あと数センチの距離。狙うは数学の参考問題集。

 無事進級して四月から高校三年生になれる私。学年成績は上の下にギリ届くかなってライン。

 うちの学校は三年生になると四月早々に自分の苦手な科目を選択しての中テストがある。だから春休みをのんびり過ごしていられない。ただでさえ受験の年だし。

 

「――※$◎♪¥●&%#!?」


 あ、まずい。なんとなくこれ以上は足がつる予感。

 勢いをつけてあとひと伸びすれば届くだろうけど確実に足がつる。

 どうしようかと一瞬悩むも、ふと背後に人の気配。かと思うとすっとスーツ袖に包まれた腕が伸びてきて狙っていた獲物をかっさらっていく。

 何事かと振り返ってみれば。


「あ。都合とごうさん」


 本屋さんシーンでの出来事イベント上位に位置するだろうシチュエーションをまさかリアルで体験することになるなんて。

 本を取ってくれたのはイケメン同級生ではなくて同じマンションで上の階の都合さん。


「こんにちわ――はい、春休み中ですけど――いえ、別に偉いとかそんなんじゃないです。新学期が始まったらテストがあるので」


 参考問題集を手渡してもらいつつ都合さんの質問に答える。

 振り返った瞬間、予想外に顔が近かったのでちょっとドキドキ。若干、顔が火照っているのも自覚。


「――はい。これ買ったらそのまま帰りますけど――傘ですか? いえ、持ってま――えっ? 雨降ってるんですか!? ――結構本降りで? 困ったなぁ」


 傘なんて持ってきていない。都合さんが云うには雲が分厚いから直ぐ止みそうにないかもって。

 本屋さんからマンションまで10分ほど。雨の中、走っていくにはちょっときつい。


「――え? 傘あるから一緒に帰ろうか……ですか? あ、その……よ、よければお願いします」


 ほんと、都合さんは都合が良い。




 ――続――











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