第41話 砂漠に降る雨
生き残ったプレーナ教徒たちは、プレーナ教徒の居住区の三階層にある墓地に多くの死体を運んだ。いつもなら老主へ死の報告がなされた後、遺体は墓地の指定された場所に移され、地上から運び込んだ土をかぶせる。そこに老主が生命の水を数滴落とし、プレーナへの祈りを捧げ、死者のための罪の許しを乞う。
だが今はもう老主はいない。
老主は自分の崇拝者の手で哀れな最期を遂げていた。
死体の山をおおい隠せるほどの土もなく、プレーナ教徒たちは死体を墓地に投げ込むという作業を機械的に繰り返していた。親を亡くした子どもたちは泣き叫ぶことにも疲れ、無表情に座り込んでいる。残されたプレーナ教徒たちは、もはや祈りも救いも恐怖も何も感じられないようになっていた。
砂嵐の夜からすでに数週間、プレーナ教が壊滅状態にあることは狼神の旧信徒たちの間でも知れ渡っている。そしてまた、彼らを影で支配していたミカイロの姿がないことも、彼に仕えていた者たちの口から徐々に広まっていった。プレーナの怒りの矛先がどこに向かうかわからないとして身の処し方にまだ慎重な者もいたが、プレーナ教徒たちへの贖いの労働というものはもはや意味を成さないとされ、労働を放棄し始める者がでてきた。プレーナ教徒への食糧配分はすでに途絶えていた。自分たちを虐げてきたプレーナ教徒たちへの積年の恨みは暴発寸前となっていた。
狼神の旧信徒たちがいつ大挙してプレーナ教徒の居住区を襲ってもおかしくない状況だったため、カイルとテラリオとアクリラは、シルキルの
ユピの姿を見てテラリオは混乱して叫んだ。
「……早く追い出せ! 殺されるぞ! 殺される……」
「落ち着けよ、テラリオ。神帝国はまだ動きを見せていない」
カイルはそう言ってテラリオをなだめる。シルキルもカイルも、テラリオはユピを理由に神帝国が攻め込んでくるのを危惧しているのだと思った。
そして、カイルとセルシオが地下の動きを偵察するために
ユピの姿もなかった。
カイルはあわててアクリラに駆け寄った。
「テラリオの奴!」
こめかみから血を流すアクリラを見て、カイルは吐き捨てるように言った。
セルシオも倒れた妻を抱き起こしながら、テラリオの仕業だと信じて疑わなかった。
その日からカイルは、テラリオが神帝国と共謀して何か仕掛けてくるにちがいないと警戒しながら見張り場に張りついた。
だがカイルがそこで見たのは神帝国軍ではなかった。
自分の目が信じられず、思わず外に飛び出したカイルは、体が濡れていくことで今起きている現象を知った。
砂漠に雨が降っていた。
それが果たして雨といえるのかはわからない。淡い緑の雫が空から落ちてくる。
水気を含んだ空気は、瑞々しく爽やかな新緑の季節を思い起こさせる。
それと同時にカイルはなぜかヒラクの気配を近くに感じた。
それは分配交換の夜から九十日目の朝のことだった。
《セーカ編 完》
《プレーナ編につづく》
神ひらく物語ーセーカ編ー 銀波蒼 @ginnamisou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます