第40話 砂嵐の後に
砂嵐が去った。
それは一瞬の出来事だった。
砂埃がまだ舞っているが、満月が空に再び見えはじめ、オブラートに包まれたような月明かりが広大な砂漠をぼんやりと照らし始めた。
カイルは砂に埋もれた奇岩住居の入り口の隙間からアクリラを抱えてはい出した。
「だいじょうぶか?」
アクリラはぐったりとした様子でうなずいた。顔も衣服も砂で汚れ、髪も乱れて無残な様子だったが、意識はしっかりとしていた。
カイルはアクリラの無事を確かめると、すぐにテラリオを探した。
砂に埋もれたプレーナ教徒の死体もある中で、カイルは砂まみれではいつくばるテラリオの姿をみつけた。
カイルに抱き起こされて気がつくと、テラリオは血走った目できょろきょろと辺りを見た。
「あの神帝国人はどこだ……」
「もういい。もう……終わったんだ」
「ちがう! まだ何も終わってなどいない、まだ何も……」
カイルはテラリオの様子が尋常でないことに戸惑った。とにかく気を落ち着かせて話を聞こうと、砂を吐き出すテラリオの背中を何度もなでさすった。
「カイル!」
地上に出て来ていたシルキルが二人のそばに駆け寄ってきた。
「あの人は? 行っちゃったの?」
シルキルはヒラクのことをカイルに尋ねた。
「ああ、姿を消した」
「じゃあ、やっぱりあの人は……」
「プレーナの娘だ」
セーカではプレーナに到達できるのは若い娘だけだと言われている。
ヒラクが女であることを最初に気がついたのはカイルだ。
そのことをカイルから聞いたシルキルは、それでも信じられない思いでいたが、プレーナが連れ去ったというなら、やはりその事実は信じざるを得ない。
「あいつは、あの神帝国人といるより、プレーナを選んだってことか」
そう言って、カイルは奇岩住居から離れた場所で月明かりに照らされてたたずむユピに目をやった。
シルキルはカイルの視線の先を追う。
銀に輝く髪をした少年の隣には、黒装束を身にまとう一人の人物が立っている。
「あの子はプレーナに行った」
ユピの隣でヴェルダの
ヴェルダの御使いの目にははっきりと見えた。緑に発光する水のようなものがうねりをあげて地下から再び地上へと浮上したとき、その光の固まりは、砂漠の向こうからのびてきた光と、まるで水と水が合わさって一つになるようにして、遠くに吸い込まれて消えていったのだ。
「あの子のことを教えてほしい。なぜここに姿を見せたのか……」
その言葉で、ユピはヴェルダの御使いがすでにヒラクを知っていたことに気がついた。
「あなたに会うために来ました」
ユピはヴェルダの御使いをじっと見た。
「『黒装束の女』に会うために」
「そう……」
ヴェルダの御使いはうつむいた。
「あの人がここへよこしたの……」
そう言ったきり黙って、ヴェルダの御使いは砂漠の向こうをじっと見た。
「ヒラクは戻ってきますか?」
ヴェルダの御使いの隣で、同じく砂漠をみつめながらユピは尋ねた。
ヴェルダの御使いは少し間を置いて答えた。
「あの子が、自分が何者であるかを、自分で知ることができたなら」
ユピの目から一筋の涙が頬を伝って流れ落ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・【登場人物】
ヒラク…北の少数部族アノイの地で男子として育った緑の髪の少女。プレーナを信仰する母を追い、プレーナの地へ旅立つ。
ユピ…ヒラクと共にアノイの地で育った神帝国の美少年。狼神復活の儀式で内なる何かを目覚めさせる。
カイル…セーカの青年。テラリオと共に神帝国脱出を図ろうとするも断念。アクリラを愛している。
テラリオ…ユピを利用し、狼神の使徒や神帝国に取り入ろうとしたが、計画は失敗。
アクリラ…セーカの少女。敬虔なプレーナ教徒。ヒラクをヴェルダの御使いと信じて疑わない。
シルキル…狼神の旧信徒居住区に住むセーカの少年。歴史研究に携わる学者一族の末裔。
ヴェルダの御使い…プレーナの眷属とされる黒装束の民の中心人物。ヒラクと同じ緑の髪をしている。
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