本屋じゃない本屋さん
とは
本屋は町にしかない
私は今でこそ比較的大きめの町に住んでおりますが、生まれた当初はそこそこな田舎に住んでおりました。
朝起きて学校に行くときも、霜柱をとっとこふみふみ進み。
昼は通りすがりにあるヒマワリの種を、取り出してとっとこ食らい。
夜は、……真っ暗なのでとっとと眠り。
……え、ビビりだから早く寝ていただけだ?
特に娯楽も無いからだろう?
おっしゃるとおりでございます。
私は昭和に生まれた人間。
今のようにスマホなど無く、当時小学生だった自分は、しつけのためにテレビゲームも禁止されておりました。
そのため、もっぱらテレビを見るか、妹と話をして過ごす。
実に娯楽の少ない子供時代でございました。
そんな私ですが、定期的に買っている雑誌がありました。
某出版社様が発行している「小学〇年生」です。
4月号がとっても豪華な付録になる、あの雑誌ですね。
さきほど調べましたら、もう「小〇一年生」以外は廃刊になっておりました。
それを知り少々、さみしい気持ちになりましたね。
今「えっ、そうだったの!」と驚いたあなた、後で握手しましょう。
おっと、話がそれましたね。
当時の自分はこれだけは、なけなしのお小遣いをためて、せっせと買っておりました。
ですが、タイトルでお気づきでしょう。
『私の家の近所には本屋が無い』
そんな人間が、どうやって手に入れるのか?
私の入手先は、父の工場の隣にあった食料品も扱う小さな煙草屋さんでした。
店頭に入ってすぐ、右にあるカウンター。
そこでお店にぴったりお似合いの、小さなおばあちゃんが背中を丸めて「いらっしゃい」と、これまた小さな声で挨拶をしてくる。
そんなお店で予約をして、取り寄せてもらうのです。
とはいえ、実家と工場は車で数十分の距離。
母が父の夜食を運ぶ時に、一緒について行っては、父が食べている間に店に駆け足で向かい、買ってくるのです。
舗装されていない、でこぼこの道。
靴越しに当たる石が、これまたゴツゴツとしていて痛いのなんの。
それでも、本を早く手にしたい思いからぐっと唇を噛み締め、私は走るのです。
店の前は舗装はされているものの、古い店なので、これまたヒビが入ったアスファルトが私を待ち受けていました。
転ばないようにとしっかり踏みしめ、すりガラスの扉へ手を伸ばし、カラカラと音を立てながら扉を開いていきます。
おばあちゃんにお金を払い、本を手に入れると一目散に、工場へと駆け出していくのです。
息を切らしながら戻った工場では、父の食事が始まっています。
母の入れる熱いお茶と、ちょっと冷めてしまったお弁当。
それをほおばる父をちらりと眺めつつ、食べ終わるまでの間に、載っている好きな漫画を読んで待つ。
振り返れば、とても不便な入手法であり、時間や手間がかかっているものでした。
それでも、本の他に手に入れているものもあったのだ。
今の私は、そう答えることが出来ます。
短い滞在時間に、父は私や妹の学校での出来事をよく聞いてきました。
家での私は、父が仕事から帰ってきてからも、話すことなくテレビを見て過ごす時間がほとんど。
少し大きくなった私と父の会話は、家族とはいえ異性ということもあり、母に比べるとかなり少ないものでした。
だからこそテレビもない、父と真っ直ぐに向かい合うことのできるこの時間が。
僅かな時間で交わした会話を、父は楽しんでいたに違いない。
大人になった今、そう思えるのです。
あの時間を大事にしてくれていたであろう父を思い返すと、自然と笑みが生まれ、心が温かくなります。
それを繋いでくれたのは、この不便な本屋さんだったのです。
本屋じゃないけど本屋さん。
そんな場所も、私が次第に成長し雑誌を買わなくなったこと。
そして、区画整理によりお店自体が無くなり、今やその場所は道路になってしまいました。
年に数回になりますが、偶然にも父の墓参りの際にそこを通っていくことになります。
未だにそこにはおばあちゃんが座って、「いらっしゃい」って呼びかけてきて……。
となったらホラーになる所ですが、さすがにそれはなく、数百円をぎゅっと大事に握り締めてお店に駆け込む自分。
そしてタバコが並べられた透明のプラスチックの棚の隙間から、ひょっこり覗き込んでくるおばあちゃんの姿が私の頭の中で浮かんでくるのみ。
今の自分は車も所持しており、お店の数こそ少なくなってはいますが、本屋には自分の足で向かうことが出来るようになりました。
けれどもやはり本屋というと、自分の中で最初に出てくるのは、この本屋じゃない本屋さんなのです。
さて、皆さんの中での『本屋』は、どんなお店ですか?
それぞれの本屋での出来事、これを読んで思い出したりしてくれたらいいな。
おばあちゃんと父の顔を頭に浮かべながら、私は皆さんにそう願うのです。
きっと『本を買う』ということだけではない、懐かしい思い出が、その記憶の中には眠っているのではないでしょうか。
そっと揺り起こしてみて下さい。
温かな気持ちが、そこで皆さんを待っているはずです。
それぞれの本屋の思い出を、どうか皆さんも大切にしてくださいますように。
本屋じゃない本屋さん とは @toha108
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