赤本②
突如泣き始めた俺に困惑したのであろう女性は俺の手元にあるレジ袋の中を覗き込む。
「帝東大学…?」
そして赤本の中の学校名を呟いた。
すぐに、「あぁ」とも「まあ」とも判別できないような短い嘆息を漏らした後、真実に気づいたような嬉々とした声色でこう口にする。
「来年帝東大学を受けるんだね?」
いや、今年受けるんですけど……
そう言いかけて、声を出せないことを思い出して、やめる。
そのかわりに「今年の受験生は今頃赤本買わないもんなぁ」と他人事のように考えた。
しかしそんな俺に気が付かない女性は続ける。
「帝東大学っていい大学だよ!私は今年の前期試験で通ったんだけどね?校舎もおしゃれで学生もいきいきとした表情で部活してたんだ。だから――」
ニッコリと笑って女性は言った。
「受験やめたいなんて言ったらダメだよ?」
トクン
大きく心臓が脈を打つ。
この瞬間に子の名前もわからない女性に俺は恋をした。
そこから、大してその大学のことを調べずに帝東大学を受けることを決めるのに時間はかからなかった。
もともと、学校では一番頭が良かった俺は必死に帝東大学の入試問題の傾向を見抜くため過去問を解き続けた。
全ては後期試験に受かってあの女性に後輩としてではなく同級生として話しかけるために。
そして………
「よしっ…!」
数日後、合格発表の画面で桜が咲き誇っているのを見て俺は小さなガッツポーズをしたのだった。
待ってろあの名前も知らない女性!
□□□
入学式。
合格になってから様々なことをした。
今まで床屋にしか行ってこなかった俺が初めて散髪屋に行ったり。
ユニキュロでしか服を買ったことがなかった俺がHOROに行って気後れしながらも服を購入したり。
インターネット上のおしゃれな男子大学生の生地を片っ端から読み漁ったり…
自他ともに認めるクソ陰キャの俺ができることは殆どやってこの日を迎えた。
つまらない校長先生のお話を聞きながらこの後どう話しかけるかを考える。
「本屋の前で話しかけてもらったものですが、覚えていらっしゃるでしょうか?」
よし、これでいこう。
この後再会できると思うと、思わず口元がニヤける。
そんな俺を、隣に座る学生が気持ち悪そうに見ていることに俺は気が付かなかった。
□□□
「あ」
入学式から
「あのー。あな」
「受験会場でお愛したものなのですが、覚えていらっしゃいますかね?」
俺が駆け寄っていって話しかけた瞬間。
その女性は違う男性に話しかけられた。
みてみると、THEチー牛って感じの人だ。
ふん、お前に青春なんか来ねえんだよ。俺が話しかけようとしているんだから邪魔するんじゃねぇ。
そう思っている俺とは裏腹に女性はその男性の相手をする。
「あーはい…」
「会場で見たときからずっとあなたのことが頭から離れません。、好きです付き合ってください!」
すると、その男性は覚えてもらったことが嬉しかったのか、いきなり告白を始めた。
ふん、そんなんで成功するわけ無いだろ。
心のなかで嘲笑している僕だったが、この後その余裕がなくなることとなる。
「えーっと、すみません…実は私、目に入った人に声をかけたくなる癖がありまして……だから、沢山の人に声をかけてきたんですよね。結論を言うとあなたのことも本当は覚えてないんですよね。だから告白を受けることはできません。」
「「そんなぁ」」
その男性と俺は同時に膝から崩れ落ちた。
「あ、でも!ここから私が好きになるかもしれないので!その時は付き合うこともあるかもしれません!」
「「なんだぁ〜」」
その女性の言葉を聞いて今度は二人合わせて胸をなでおろした。
その後、この女性にさんざん貢いでいくのはまた別のお話。
【終わり】
赤本越しの恋 ゴローさん @unberagorou
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