第9話約束

 頭頂部に取り付いた黒喰は何度も何度も回転させ攻撃力を増した十字架を叩きつける。迷宮の残骸は削れて行きボロボロと地上へ落下していく。スライムの巨人が自らの腕で頭部を叩きに来る。


 黒喰は跳躍し回避する。それを何度か繰り返していくと攻撃に対する反応が鈍い事に気が付く。観察しながら攻撃を繰り返していくと、スライムの怪物自体が巨体を支えきれず纏っている瓦礫が崩れて行っている。


 そして巨人の胸元に瘴気の塊と思しき反応に気付いた。これは――――弱点だ。


「――そこかッ! やはりこんだけでけぇ巨体だ。司令塔を作らなきゃ制御できねえよな? ――相棒ッ! ちっとでかくいくぜ? 気張ってけよッ!」


 鎖をスライムの巨人サイズに伸ばすと莫大な遠心力がかかる。悪食を巨人にぶっ刺しながら耐えた。


 その先端にいる十字架を――空へ向けて投げた。


 悪食の踏ん張りを解放し空へと飛翔する黒喰。雲が見える近くまで高所へ到達すると落下点を計算する。もちろん目標はスライム巨人であり怪物だ。


 目的は高高度から超重力を纏わせた十字架による落下攻撃。フィールド型迷宮に出現した怪物にしか通用しない作戦だ。


 ヒュィン――ヒュィン――。十字架自身が重力をブランコのように移動させながら回転を始めた。とても楽しそうに回転している。


「そうだろ、そうだろ? 楽しみだねぇ――あいつがぶっ壊れる瞬間がなぁッ!!」


 死の歯車が風を切り回転していく。眼下には米粒サイズになっている怪物が見える。たとえ強大な存在であろうとも空から見てしまえばこんなにも矮小な存在なんだなと黒喰は思う。――ちっちぇな。なんで怪物をこんなに恐れていたんだろうな……。この地球。この世界からしたらこんなにもちっぽけだったんだな。


 心のトラウマが吹っ切れた。それを乗り越えた時、黒喰はまた強くなったのだ。体中に吸収した瘴気が駆け巡り超越者を超えた超越者。覚醒者へと進化した。


 身体から煙が噴き出し熱を放つ。『悪食貪竜』は忌々しそうに鱗を鳴らし、『聖騎士』は歓迎するように鎖を鳴らした。『左腕ちゃん』はなんかぷるぷるしていた。


 黒喰の胸の中には稀に強個体の魔物から発見されるシロモノ。魔物のコアである魔核が生成された。その魔核があれば周囲の物質を取り込み再生していく厄介なものであり砕いて製作された武具はレガリアになり易いとも言われている。


「ん? なんかすっげー力が湧いて来るな――ま、あいつをぶっ殺せればなんでもいいッ!!」




 ――落下開始。




 ヒュォォォオオ――。


 自由落下からの高度な十字架による重力移動、遠心力が加算されて行き、回転しながら落下していく。想像するのが馬鹿らしいほどの攻撃力が発生している。


「キタ、キタ、キタ、キタ――俺が来たッ! 死に――――さ――ら――――せえッ!!!!」


 風圧で髪がはためき高度からの落下で内臓が浮く感覚を味わう。小さかった怪物の巨体が目の前まで近づいてくると。タイミングよく十字架の位置を頭頂部へ合わせた。


 弾着――今。


 ――ボッ。


 スライムの巨体は頭頂部から切り裂かれた。攻撃の通過した司令塔諸共――爆散した。


 同時に、周囲に散った瘴気が収束していくと、ドロップアイテムが生成され始めた。その事をすっかり忘れていた黒喰は怪物をぶっ殺した快感で絶頂に達している様子だ。


「――ッ! ――――ん。――――ふぅっ。――あぁ、最高……」


 覚醒者が全力を出した高高度からの爆撃とも言える一撃は、周辺景色を一変させるほどの威力が込められていた。


 その威力は近くの都市で震度五程度の地震を観測させ、飛び散った瓦礫が都市へ降り注いだ。


 拡散した瘴気はもれなく黒喰へ吸収された。この現象は瘴気が意思を持っており、魔物を打倒した探索者への祝福とも言われている。


 その祝福を受けた探索者も所有しているレガリアも成長していく。


 悪食が踏みつぶしている怪物の残骸を喰い尽くし解放されていることをいい事に黒喰へ襲い掛かった。


「ガッ――テメッ! 調子に……乗るなァッ!」


 意思の力で抑え込もうとするも怪物を捕食した悪食は強い。十字架の特性は重力であり自らの力で強くなることが出来ないのだ。黒喰と共に成長する十字架の楔を下半身の悪食に打ち込むも侵食が止まらない。


 そのタイミングでいつの間にか伸びていた左腕がドロップアイテムをこっそり取り込んでいた。


 半透明な緑色の黒喰の左腕に怪物の魔核が生成されている。


「え゛?」


 左腕ちゃんが悪食へ数百本もの針を突き刺していく。


 針を突き刺された激痛に鱗を擦り合わせ苦しんでいる悪食。脚部の侵食が段々と収まると十字架の鎖がギチギチに悪食を包み込み封印した。


「どゆこと? ――もしかして左腕ちゃんドロップアイテム食べちゃった?」


 明らかに自我が生まれており黒喰の脳内に肯定の意が伝えられた。なんかすっごい褒めて欲しそうな犬みたいな可愛い反応と言うか幼い子供の様な感覚が伝わって来た。


「あ、ああ。おりこうさんだね左腕ちゃん。助かったよ。でも次からは教えてね? ――あれ、すっごく高くて貴重なんだ…………まあ、回復薬じゃなかった事だけが救いか……十字架ちゃん怒り狂いそうだもん」


 未だに悪食のブーツを封印している十字架は当然ですと点滅する。どうやら成長したことにより自我も以前よりはっきりしている。重力の運用のスムーズになったようだ。


「悪食も成長したけど……お前喰う事に特化しすぎだろ。吸収力アップ、遠方に魔物がいても我が喰いに行くよってか? 歯も鋭くなっているし金属でも喰えそうだな」


 左腕ちゃんの性能を確認しようとするも全く分からない。擬態できるし伸びるし増えるしスライムの怪物にできそうな事ができると言われても……。他の探索者の前では黒喰の左腕として運用した方がよさそうだ。特に触手愛好家の超越者に見られたら求婚されかねない。


「お宝は…………あるわけないよな。スライムが全部吸収しちまったし迷宮は崩壊しちまった。服はボロボロで魔導キューブだけが落とさずに持っているだけ」


 魔導キューブは落とさないよう腰元にラバーバンドと一緒に巻きつけている。


 悪食の侵食でホットパンツが破損していても見えなかったのだ。上下の水着もスライム共に消化されてしまい黒喰は素っ裸同然だ。


「たしか、替えの水着が魔導キューブの中にあったような……」


 キューブを地面へ放り投げるとバラバラに分解され、四方に広がり浮かび上がると中心に入れていた荷物が存在していた。その中には替えの水着や食料も入っていた。


「良かった良かった。――んしょっと」


 傍から見ればサービスシーンなのだが……下半身には大きくは無いが生えている――生えているのだ。胸の水着を装着する際に背中に手を向けると大きな胸がぷるんと揺れる。ハリのあるおっぱいはツンと上を向いており褐色の肌に汗が谷間を潜り流れ落ちていく。


 戦闘行動で汚れていた身体を小さなポリタンクに入れていた飲料水で洗い流していく。衣服が少ないので洗うのがとっても楽なのだ。


「凜ちゃん……。ごめんな――――そっか。お前やっぱ…………。探索者協会に行ったら遺品を引き取りに行くね。――バディ登録していたし理由を説明すればキル子が何とかしてくれるだろうし……」


 いつの間にか悪食が大人しくなり、自我の境界線が元に戻っていた。


 十字架も右手の甲の痣として存在している。点滅する事により黒喰を慰めているようだ。いや――約束を守ればいい、なのかもしれないが。


「うっし! さっさと帰るか。今日は散々だったな」


 都市へと足を向けた黒喰。魔導門に到着した際は纏う瘴気の濃さに魔物の扱いをされそうになってしまった。紆余曲折ありなんとか事情を伝えると目的を果たしに行く。





探索者協会上級調査官の報告書より


・『漂う胞子の迷宮』崩壊。


・探索者『黒喰』の報告書によると。迷宮深度7以上で観測された『怪物』と酷似した粘菌生物が出現。バディのアサガオ凛が死亡。戦闘行動を開始。何とか退けるも迷宮の崩壊が開始された。


・通称『スライムの怪物』は迷宮内を巣のように身体を張り巡らせ探索者を捕食していた模様。一定以上の強者でないと捕食されないために悪質な怪物の発見が遅れてしまった。


・観測された瘴気濃度や震度五相当の地震の発生からスライムの巨人との戦闘が行われた事は証明されている。都市内から撮影された映像にも映っている。


・アサガオ凛はバディ登録されており黒喰へ遺品が譲渡される。登録後、バディがすぐに死亡した為聞き取り調査をしたところ遺品と呼ばれた存在と、受け取る理由を確認。問題無しと報告をさせて頂く。遺品の内容は個人情報。それも、死亡したアサガオ凛のたっての願いである事から秘匿を推奨する。


・特殊指定探索者『黒喰』の新たなレガリアを確認。名称は『聖騎士パラディン』。アサガオ凛の遺品であり、元々レガリア化の前兆があったとの報告も。アサガオ凛が死亡したことが悔やまれる。


・以上の報告で『漂う胞子の迷宮』の調査は終了する。迷宮が崩壊した現在、調査は難航しており迷宮のメカニズム解明には至らないと判断された。







 保存液の中で漂う脳髄を見つめる黒喰。右手の聖騎士が激しく点滅している。鎖が出現すると抱擁するようにカプセルを包み込んだ。


 室内はとても狭く。凜ちゃん生活はとても質素だった。お金を掛けていた物は迷宮配信用に見栄えが良く、高性能なライトアーマーとアシガルだけであった。


 私生活で使用する私服も使い古したものが数着のみ。あの年齢でこの生活を耐える事は他人にはできないだろう。住んでいた場所もただ寝るだけの為に存在するかのような狭さで妹が収まるカプセルが部屋の面積を占めていた。


「本当に……本当に妹を救う為だけに生きていたんだな――凜ちゃん」


 これを悲惨な生活だなんて言ってはいけないのだろう。この生活を見れば執着だけでレガリア化を成したのだと分かる。それは自我も残るはずだ。


 しばらくすると満足したのか鎖が解けて行く。聖騎士の制御が黒喰に戻って来た。


 黒喰はカプセルの設定を自立モードに切り替えると布で覆っていく。ここではセキュリティに若干の心配があるし自宅の金庫室へ移設を決めたのだ。


「さて――お家に帰るか…………聖騎士も左腕――いやショゴスもよろしくな」


 聖騎士は『凜ちゃん』と呼ばれることを嫌う。あくまでレガリアだと主張しているようだ今回の様なよほどの事が無いと反応が無くなっている。逆に左腕ちゃん改めショゴスはかまってちゃんのようだ。良く変化して驚かせてくる。


 悪食はあれ以来拗ねているな。展開する事に問題ないがもし解放をした際に報復されそうだな。


「さて、どうやって迷宮最深部を目指していきますかね…………」


 迷宮はどこからでも最深部へ繋がっていると言われている。しかし、入り組んだ迷宮は探索者を惑わせ強力な怪物連中も沢山出て来るだろう。


「まずは、今の力を使いこなして強くならなければいけないね――身体もなまっていたようだし」


 次の迷宮へ挑む。それは黒喰が凜ちゃんの妹を救うと約束した――大切な決めごとだ。

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褐色美女は童貞を捨てたい~迷宮を美少女と共に~ 世も末 @k2s200

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