事故で異世界転生とか何か仕組まれてるんですか?

冲田

事故で異世界転生とか何か仕組まれてるんですか?

 中小ブラック企業に勤めるしがないサラリーマンの山口は、今日も残業を終えて帰宅する所だった。それでも今日はマシだった。まだまだ電車が残っている時間帯だし、久しぶりに外食をする時間も取れそうだ。山口はオフィスの入ったビルを出ると、ビジネス街を歩き始めた。いつも終電がなくなってから見ている景色とはまるで違って、ここはこんなにも人が多かったのかと驚いた。

 車の通りはそれほど多くない交差点で信号を待っていると、足元をするりと猫が走り抜けた。こんなビル街にも猫が? と思っていると、その猫は交差点に飛び出していった。


「危ない!」


 考えるより先に体が動いた。猫を捕まえようと山口は交差点に飛び出した。直後に、あたりに響き渡る大きなクラクションと、甲高いブレーキ音。トラックは止まり切れずに彼をはね飛ばした。



 山口は気がつくと光の中にいた。


 ーーえーっと、俺はどうしたんだっけ?

 そうだ、猫を助けようとして、トラックにはねられたんだ。

 ここはどうやら病院というわけでもなさそうだ。俺は死んだのだろうか。


 そんなことを考えていると、頭の中に女の人の綺麗で優しげな声が聞こえてきた。


「あなたは死んでしまいました。しかし、人生をやり直すチャンスをあげましょう。あなたは、ここで与えられるスキルを持って、今まであなたのいた世界とは違う世界で、新たな人生を送るのです」


 ーーああ、やはり死んだのか。しかし現世に特に未練があるというわけでもない。俺の死を悲しむ奴もいないだろう。


 山口は頭の中の声を素直に受け入れた。そして、次に気がついた時は自分は赤ん坊で、前世の記憶を持ったまま、強力なスキルを得て中世ヨーロッパ風な世界にいたのだ。




 その頃、事故のあった交差点には救急車とパトカーが急行してきており、赤色灯が大勢の野次馬とビル群を照らしていた。突然の交通事故にあたりは騒然としていて、ざわざわと落ち着かない空気が流れている。救急隊が担架を持ってトラックにはねられた山口を囲み、警察は人をひいてしまったトラックの運転手に声をかけた。


「まずは落ち着いてくださいね、免許証を見せて」


 警察官はそう言いながら、人を轢いたにも関わらずどこか平然としているトラックの運転手に、内心首を捻った。トラックの運転手は免許証を出した。そこには谷上誠二と名が記されてある。


「あと、すいません、これも」


 谷上は免許証とは別にもう一つカードのようなものと、書類を警察官に渡した。カードは名刺で、「Tsti 株式会社」との会社名と、彼の名前と『交通課』と所属が書かれてあった。


「ああ、Tstiの方でしたか!」


 警察官はそう言うと、書類にもざっと目を通し、今まさに山口を救急車に乗せようとしている救急隊の所へ小走りで向かった。


「Tsti案件です! 後ほど書類も送りますので、病院にもお伝え下さい」


「はい、了解しました」


 救急車はサイレンを鳴らして走り去っていき、警察官は谷上の元に戻った。


「お手数ですが、現場検証にはお付き合い下さい」


「はい、それも仕事の内ですので」


谷上は警察の現場検証に立ち会い、それが終わると事故を起こしたトラックに乗って会社にもどった。



 社員証にもなっているICカードをかざしてオフィスに入ると、まだ何人かの同僚が残っていた。


「おー、お疲れ。谷上! 交通課は激務で大変だな!」


同僚の一人である藤間が谷上に声をかけた。彼は大きなため息をついた。


「こうも、毎日のように人を轢き殺してたら気が滅入るよ」


「殺したとも言えるが、救ったとも言える。だって、彼ら彼女らにはきっとステキな第二の人生が約束されてるんだからね!」


「だとしてもさぁ。お前もあの野次馬達の目に晒されてみろよ。ワザと人に突っ込んで行くっていうのも、慣れないよ」


「慣れてしまうのも人間としては終わりだな」


 谷上は鬱々とした気分で、自分のデスクに座ると、パソコンを立ち上げた。帰る前に日報を書いてしまわなければならなかった。かちゃかちゃとキーボードを叩いてると、こと、と手元にコーヒーの芳香が漂うマグカップが置かれた。


「お疲れ様です。谷上さん」


癒されるような優しい声に谷上が振り向くと、見覚えのない若くて綺麗な女性社員だった。


「先日、女神アナウンス課に配属されました、新入社員の菅野と申します。よろしくお願いします。

 今日が初仕事で、本当に緊張しました。セリフを噛んだりはしなかったと思うんですけど、転生者の山口様に緊張が伝わらなかったかしら?」


「どうなんだろうねぇ。俺の仕事は轢き殺すところまでだから」


 谷上は菅野が入れてくれたコーヒーをすすりながら言った。菅野は、谷上の隣の席が空いていたので、そこに座って雑談をする気満々で体を彼の方に向けた。


「いつも、トラックなんですか?」


「いや、違うよ。車の種類は色々変わる。乗用車だったり、トラックだったり、バイクだったり。企画課の奴らが作ったプランに合わせて実行するんだ」


谷上がちらっと藤間の方を見たので、企画課の彼は彼らに向かって笑顔で手を振った。


「私、この会社に入るまで、こんな仕事があるなんて知らなかったです!」


 菅野は、目をきらきらさせながら言った。それもその通りだ。普通、現代日本に住んでいて輪廻転生すらも懐疑的に思う人が多い中、異世界転生が現実にあるというのが、まず衝撃なのだ。そして、それを一手に引き受ける会社が存在する。轢き殺すだけではなく、なんらかの方法で魂を異世界に飛ばし、その際には異世界で役立つスキルを与えたり与えなかったりーーその辺は企画次第だが。

 今回の場合は、冴えないサラリーマンがトラックにひかれて死亡し、中世ヨーロッパ風の異世界に強力なスキルをもらって行くという企画だった。なぜ警察が転生に協力的なのかは謎だが、書類さえちゃんと提出すれば逮捕もされない。どう儲けが出ているのかも、このオフィスにいる程度の下っ端社員では誰も知らなかった。


「山口さん、ステキな異世界ライフ送れるかしら?」


「そうだなぁ。俺たちが送った転生者の異世界での活躍が、本や何かで読めればいいのにね」



end

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