魔法の本屋

広之新

第1話 魔法の本屋

 私は魔法使いになった。でも使えるのは「猫の手」の魔法だけだが・・・。それは私が呪文を唱えると猫の手が出現する魔法だ。なんの役にも立ちそうにないが、実際にこれが重宝する。ちょっとした掃除にもインテリアにも、肉球をぷにゅぷにゅして癒しにもなるのだ。職場では大人気で多くの猫の手を出現させた。

 だが私は不満だった。私ならもっと他に素晴らしい魔法ができるはずだと・・・。さすがに「猫の手」の魔法だけでは物足りない。


 その魔法を習得したのは、偶然通りかかった路地の奥の古本屋で店主に勧められた本からだった。最初は読めなかったのに、ある時から読めるようになった。だから私はその本屋を探した。だがどうしても見つからなかった。やがてそのうち私はそのことを忘れかけていた。


 しかしある時、私はその古本屋に行きついたのだ。やはりそこは路地の奥だった。


(これで私はまた別の魔法を習得できるだろう!)


 私はまたその店に入った。そこはやはり薄暗く、かび臭かった。それに天井まで分厚く古い本が並び、息が詰まるような圧迫感を与えていた。そこにはあの店主が私をじっと見ていた。


「以前、いただいた魔法の本で『猫の手』の魔法を習得しました。できれば別の魔法を使ってみたいのです。」


 私がそう言うと店主は棚から1冊の本を抜き出して私に差し出した。


「それではこれをどうぞ。」


 それはまた革表紙の重くて厚い本だった。やはりその文字は読めない。前回は詳しく聞く前に本屋ごと消えたから、今度は姿が消える前に聞いてやろうとすぐに質問した。


「これでどんな魔法が使えるのですか?」

「これで少し上級の魔法が使えます。それは習得してからのお楽しみに・・・」


 店主がそう言うと、急にあたりが暗くなった。そして次に気が付いた時には、あの路地に立っていた。


(詳しく聞く前に消えてしまった。まあ、いい。これで少しはましな魔法が使えるだろう・・・)


 家に帰って本を広げてみたが、やはりまだ読めない。やはり何かのきっかけが必要なのかもしれない。


 ある時、私はテレビである番組にくぎ付けになった。それは豪邸に住む猫のことを放送していた。なんでも大富豪の主人が死んでその猫が相続したようなのだ。その猫は多くの使用人に囲まれて自由気ままに優雅に暮らしていた。


「ああ、いいなあ・・・、猫になりてえ・・・」


 するとその本が急に輝きだした。それはあの時と同じだ


(これであの魔法の本が読める! 一体どんな魔法なのか・・・)


 私は本を手に取った。するとこう書かれていた。


「猫になる本・・・なんだ、こりゃ?」


 だが私は思い返した。店主は「猫の手」より上級魔法だと言っていた。するとこれは変身魔法か・・・もしそうならかなり魔法使いっぽくなれるかもしれない。猫に変身できれば狭いところも高いところもすいすいと、そして急に姿を現してみんなを驚かすこともできるだろう。


「よし、やるぞ! きっとこの魔法を習得してやる!」


 私は決心してその本を読んでその魔法の修業を始めた。


 ◇


 苦難の末、私はようやく「猫になる」魔法を習得できたのだ。だがそこには喜びはない。(こんなはずでは・・・)という困惑だけがあった。

 それは猫に変身できる魔法ではなかった。猫のことわざを体現できる魔法だった・・・と言っても誰も分からないだろう。例えばこんなことがあった。


         ―――――――――――――――――


 私は職場の同僚と仕事の話していた。そいつは土地の売買に契約を成立させたと言って自慢していた。


「すごいだろう。一等地だぜ。」

「どうせ、猫の額ほどの土地なんだろう?」


 すると私は額に違和感を覚えた。同僚は私を見て唖然としている。慌てて私は額に手をやった。


(なんだ! これは!)


 私の額に短く柔らかい毛がびっしり生えていたのだ。「猫の額」と言ってしまったため、無意識に魔法が発動されたのだ。私は慌てて解除魔法でそれを消して、何事もなかったかのように言った。


「どうせ、お前のことだから猫をかぶってうまいこと言ったんだろう。」


 すると頭に何かが載っている感覚がした。同僚は眼が飛び出さんばかりに驚いている。私が頭に手をやるとそこに猫が載っていた。ヘルメットみたいに・・・。


「いや、これは何でもないんだ・・・」


 私はすぐにその猫も消した。


        ―――――――――――――――――


 こんな風に猫のことわざが魔法により変な形で現れる。それも私が一生懸命に魔法修業したため、無意識に魔法がかかってしまい、それが起こってしまうのだ。


「猫の目」は気味悪がられるし、「猫に小判」は周りの高価なものがつまらなく見えるだけ、「猫に鰹節」はやたらに鰹節が食いたくなるだけだった。「猫にまたたび」に至っては思い出したくもないほどおぞましかった。

 ちなみに「猫の手も借りたい」は「猫の手」の魔法と同じように猫の手が現れるだけだ。ただその猫の手の毛並みがよくなっているのは上級魔法のためか・・・。


 これは使いようもない魔法だ・・・と思ったら、一つだけみんなからかなりの好評を得ている魔法がある。それは「猫をかぶる」だった。だから私は職場では頭に猫を載せて働いている。

 今日もあちこちからお呼びがかかる。仕事にかこつけて私の頭にいる猫を撫でようというのだ。またしても「猫の手も借りたい」ほど忙しい。

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