第2話 貴婦人の乗馬

カンガルーがピアノを弾いている。指先は良く見え無いが、横から覗いてみると鍵盤が下がっているのが微かに見える。鍵盤はあたかも一般的なピアノ弾き(手の先に五本の指が生えている人間)に自分を弾かれているかのように軽やかに音を奏でている。白鍵が指のようなものに押され、その指が離れると同時に列からはみ出してしまったアリが慌てて列を乱さないようにまた元の位置に戻る。そのアリは方向を間違えることなくなめらかに移動している。鍵盤が底に当たるカタンという音がメロディーに少し混じって聞こえる。「私のおかげで音を出せてるのよ」と、白鍵から見た黒鍵ぐらいの位置の目線から蔑んでいる。カタン、カタンと馬が歩くかのような一定のリズムで聞こえるその音は貴婦人の乗馬のようだ。曲のタイトルは思い出せたのだが作曲者はどうも思い出せない、元々知らなかったのかもしれない。カンガルーの背中越しに鍵盤を眺めていると、急にピタリと音が止んだ。カンガルーは僕のいる方を向いた。そこにはどう考えてもピアノを弾くことができるような骨格をしていない「本物」のカンガルーがいた。指は5本あるが、そのそれぞれを正確に動かすほどの意思がそれらの指には感じられなかった。全身には毛が生い茂っていて、さっきそこの動物園からはい出てきたような風貌だ。椅子に座っていると思っていたが、目が霞んでうまくカンガルーの足を見ることが出来ない。だれかがカンガルーの着ぐるみを来て脅かそうとしているのか、もしかしたら僕自身が人間の着ぐるみを着たカンガルーなのかもしれない。僕がそのカンガルーの体を観察していると、誰かから監視されている気配を感じた。しかし周りには誰もいない、彼自身の目線を不快に感じているのかもしれない。そいつがピアノを弾くのを止めてからもう数秒は経っていたのにまだ残響音は聞こえている。その音が大きくなってくると共に激しい目眩がした。全身を水に包まれているかのような不思議な感覚に襲われる。手足は動かなくなり、だんだん重くなってきた。そのカンガルーに金縛りをかけられているのだと僕は理解した。目眩で視界はほとんど白い靄に覆われていた。その白色は僕に目隠しをして「遊ぼう」と誘ってきた。僕はその白色と遊ぶつもりはなかったので目を閉じた。するとその白色が怒ったのか青色の方向へ投げ捨てられた。



ドボン。



どこかで見た事のある景色だ。



白色の呪いなのか目を直ぐに開けることは出来なかった。



もうカンガルーはいない、僕は開放されたのだ。



海に落ちる途中、ぼくはカンガルーがピアノを弾く夢を見た。



大きなあくびをしたクジラがこっちを見ている。



ぼくも一緒にあくびをした。

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静かなピアノの音から @piancat

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