静かなピアノの音から
@piancat
第1話 午睡
深い海の底から水面を触るように眺めていた。その水面は僕を閉じ込めるかのような、冷たくて、しかし安心させてくれる。大きなクジラが体をうねらせながら泳いでいる。そのクジラはこちらを見向きもせず、ゆるやかに体をうねらせている。唯一僕がわかったのは泳ぐために泳いでいるということだ。大きな体に似合う目的、ぼくは決して見れない目的。頭がいつものように上手く回らない、手と足を同時に出しながら走っているようだ。そのクジラは大きく口を開けて水と一緒に様々な感情を飲み込んだ。その迫力に僕は呑み込まれてしまいたくなった。そのクジラになりたいという想いと、水を自在に操ることが出来る事への嫉妬から、身震いをした。体を少し動かすと、「まだ動いてはダメ」と声をかけてくるように細かい泡が水面に吸い込まれていく。その泡に答えるかのように水面が優しく問いかけた。
「どうしてそんな所で眠っているの?」
目を覚ますとぼくは風呂場で眠っていた。いままでそんなところで眠ったことなんて1度もなかったのに。体温が水に奪われていくことに少し恐怖を覚えたが、それよりもなにか別のことが気になった----ピアノの音だ。ドアや壁で圧縮された小さな音には聞き覚えがあった。包み込むような、そして自由に流れていく水のような優しさ。浴槽からその音を覗き込もうとした時、足が滑りバシャッと大きな音がした。さっき見た夢の内容を思い出せない。気だるい体を起こして体の水を落とした。その水は温かいとは言えない温度になっていた。全盛期を終えてしまったスポーツ選手はいつまでもそれを仕事にして生きていけない。指導員やそのブランドの看板として、なにか諦めたような悲しさをその水は僕の体に植え付けた。洗面所のドアを開け、そのドアの向かい、テレビの横、壁、リビングにある大きな食卓に挟まれたピアノの前には知らない人が座っていた。いや、人では無い。カンガルーがそこに座っていた。
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