第15話:金貨の山より一枚の銅貨が好きです
「大司教殿。異端審問を続けてください」
大聖堂の奥に鎮座する玉座に座る女王陛下が、辺りを包む後光と共に、この空間に響き渡るお言葉を発します。
この大聖堂の構造は、この玉座に後光のような光が差し込むような構造となっていますね。
声の響きも玉座に座る者の声が最もひびくよう設計されています。
元々このカンタベリア国教会は、大陸を勢力圏に置くルーマン教会とグレーコ正教会の支配から、このルーサ連合王国を守るために作られました。
大陸諸国の王は教会の総大主教や教皇に王冠を授けられる制度になっているために、王が破門されるなどということで国の根幹が揺るぐことがしばしばありました。
そこで賢王である、このヴィクトリア女王陛下が即位する際に、このカンタベリア国教会を設立。
自らが教主となり、自分の頭に王冠を載せました。
つまり完全に独立主権を持つ国になったわけです。
女王陛下の賢い所は、その後自らは統治せず、君臨するのみと規定したのです。
これで民衆は女王陛下の偉大さをたたえたのでした。
偉ぶらずに自分たちを信頼してくれていると。
簡易な憲法を制定して、それに従って宰相が統治。
でも重要な所は直採決を行います。
今回の異端審問については、どう考えられているのでしょう?
「聖女を名乗る修道女ルシェル。
聖なるムーサの女神さまに誓って証言しなさい。
そなたの信奉する神はどなたであるか?」
ムーサの女神さまは六柱おられます。
いずれも芸術を主な役割を果たします。
もちろんそれだけではなく、知識や経済、はては軍事まで。
様々な役目を果たしております。
特に軍事においては、ムーサの娘たちの彫像を軍艦の船首像としてつけます。
陸軍の師団の名前もその名前を使用します。
国を守り、導き、繁栄させる女神です。
わたくしは……
「わたくしの信仰する神は、そのいずれの女神さまでもありません」
正面突破です。
そこからの背面展開。
一点に集中して攻撃、敵の前線を突破して内部を食い破る陸戦の作戦形態です。
下手に隠し立てしても、あとで見破られたら元も子もありません。
「なんですと? カンタベリア国教会の御教えに反すると?」
「いいえ。反しません。今、この連合王国はムーサの女神さまによって統べられ繫栄しております。
これは紛れもない事実。
ですがそれ以前はどうだったのでしょう?
ムーサの女神さまはどこから来られたのでしょう。
その問いに答えられる方は、ございますか?」
「決まっておる。
天空三神で在らされるサイコップ様のうちの二柱。ヒューゴー様とローカス様との間の御子である」
「ではそのもう一柱は?」
「ええい、当たり前のことを。ネビュラ様である」
わたくしは、そのサイコップ様の三柱の神に認められた神を知っております。
「そのサイコップ様の創造主はどなたでございましょう?」
そんなことはきっと皆さま、お知りにならないでしょう。
聖書には書かれておりません。
概念上は、地球で言うところのキリスト教内で異端とされたグノーシス的な考え方ですね。
神の上にさらに神がいる。
唯一神の宗教では許されざる考え方。
ですがカンタベリア国教会の教えは多神教。
ジャパニーズシントーやギリシャ神話とも近しい。
神を創造した神もいるのです。
「嘘を申すな。そんな神がいるものか」
「そんな神は聞いたこともないわ」
「どんな神か言って見よ」
わたくしはその神々しいお姿を説明いたします。
「常に美的センスの塊であるシワと茶色い模様をプリントされた白衣をまとい、髪は現れるごとに芸術的なウェーブやハネを変化させております。
知的センスのあふれる仕草で眼鏡を光らせ、その高貴に満ちたお姿は、時には白くけぶる狭間から後光がさすように現れます」
どうも皆様にはそのイメージが伝わらなかったようです。
残念でなりません。
「まあよい。聞くところによれば、そなたの神の印もカンタベリア国教会の印とは違うという。
ここで見せて見よ」
わたくしは言われるがまま、アイザックさまの聖なる印を結びます。
「な、なんという下品な!」
「金銭を要求している聖なる印など聞いたこともない」
「それをいつも結んでいるのか?」
「そなたの信仰する相手は金貨ではないのか!!??」
失礼です。
これはアイザックさまの位置を示す記号です。
「この座標に現在、最高神で在られる造物神アイザックさまがおられるという印でございます」
「なんだと? アイザック神だと?」
「それが金貨の好きな神というのか?」
「そうか、それでそなたの元に金貨が集まってくるということか」
いいえ。
これはあくまでアイザックさまからの通信で、この数字を示せとの聖なる預言。
「その方、アイザックとやらを見たことがあるのか?」
「はい」
「そうか。それならば儂も見てみたいものであるな。さぞや意地汚い神であろう」
「そうだな。見せて見よ」
「見せられるものなら見せて見よ。さすればその存在を信じてみようではないか」
はあ。
やっとここまで誘導できました。
あとはアイザックさまを呼び出して……
「アイザックさま。お顔をお見せください。お忙しいとは思いますが、なにとぞ」
『会議中につき、五分待ってね』
いつもながらブラックに働かされているようです。
お
「今しばらく、お待ちください。神さまがたの寄合い中にございます」
審問官さま方は、腹を抱えて笑っておいでです。
女王陛下は、なんだかうれしそうにわたくしを見ておいでです。
『終わったよ~。ていうか、トイレタイムだから早めに済ませてね~』
「皆さま。アイザックさまがお見えになります」
そう宣言して、わたくしは胸の前で印を結びます。
改良したペンダント2号から、超特大ホログラムを映し出しました。
「ん~。たまには真面目に。
何事であるか、我が子ルシェルよ。
組織の構築はうまく行っておるか?」
おお!
なんと!
まことか!?
ここにいる全ての方が驚きの声を上げました。
いえ。
ただ一人を除いて。
「お久しゅうございます。アイザックさま。
ヴィッキーでございます。
三十五年ぶりでしょうか?」
「そうだね。三十五年か。久しいの」
そんな、女王陛下がアイザックさまをご存じであった?
「十歳のわたくしにお知恵を授け下さり、ようやくここまで国を立て直すことができました。
感謝いたします」
「よく頑張ったね、ヴィッキーちゃん。
それにしては経済音痴の官僚を野放しにしていたから経済成長が止まっちゃったかな。でも軍事内政政治形態はうまく機能しているね」
周りの皆様の目が点になっています。
「ヴィッキーちゃんは、これからは国の重点政策、どのあたりにするの?」
「はい。宰相たちと図らねばなりませんが、多分経済成長を。十年間で所得倍増を目指そうかと」
「いいねいいね~。頑張ってね。
ああそうだ。ルシェルちゃんをこき使うといいよ。
優秀だから、資金さえ与えておけば世界征服もできる。必要経費は僕の印で請求するから、インボイスをルシェルちゃんに提出して」
「了解いたしました」
なんだか、どんどん話が進んでいくのですが。
「世界征服なんか言い出すと、列強に総攻撃されるから、その時は影からやるんだよ。これもルシェルちゃんに頼んであるからね」
そ、そういう理由がありましたのですか、アイザックさま。
流石は万能神さま。
「おっと会議が再開しちゃう。
じゃ、思いっきり楽しんで……じゃなかった。良い国を作って、みんなで幸せに暮らしてね。
ムーサに栄光あれ~♪」
アイザックさまのお姿が消えた大聖堂には、放心した一団。
聖なる印が「請求書」だったとは!
ううっ、知りませんでした。
恥ずかしいです。
穴を掘って数千年眠りたいです。
「神の御子ルシェル様。あなた様を正式に聖女として列しましょう。
そしてアイザックさまの預言をこの国にお伝えくださいませ。
それと」
それと?
何か嫌な発言がある予兆を察知。
危険度九十九%以上です。
「国庫から毎年度予算の内、十%を預けます。
これを使ってこの国を繫栄させてください。
そして……アイザックさまがお楽しみできる組織を構築なされてください」
なんということでしょう!
年間予算の十%??
金貨にして何枚になるのでしょう?
わたくしは今後毎年、金貨に埋もれて生活をせねばならないのでしょうか?
清貧な生活とは、なんという贅沢なものなのでしょう!!
わたくしにはとても手の届かない理想郷でした。
誰かわたくしを金貨の山から掘り出してくださいませ。
リース様、ウェルズリー伯爵さま、ブリム。
エリーザ様、アーシモフの皆さま、孤児の皆さま。
皆様でどんどん使ってください。
金貨は天下の周りもの。
やはり浪費をする者が必要なのです。
わたくし以外の方、どんどん浪費してくださいませ~~~~!!
「ルシェル嬢。ああ、もう聖女様と言わねばならないのか。
聖女様には似合わないと思うが、これを受け取ってほしい」
リース様がおずおずとわたくしにあるものを手渡してまいりました。
「嫌でなければなのだが……、いや、やはり聖女にこれは無いか。だが、それでも……受け取ってほしい」
わたくしの手のひらに乗せられたものは、下町の浮浪児の年中さん達の手作り指輪。
銅貨1枚で売っているものです。
「無理だよな。その……仮の許嫁ではなく本当の……許嫁に」
「ええ。いいですわ。この指輪が一番うれしいです」
本当にこれが私の一番欲しかったもの。
金貨より銅貨。
わたくしは、ちょうどよい大きさであった薬指にその指輪を付けました。
清貧に生きたいAI聖女は金貨に埋もれる。修道女に憑依した超優秀なポンコツAIは聖女とあがめられるけど絶対目立たないように世界征服を企む「ですが神よ、なぜ目立ってしまうのでしょう?」 🅰️天のまにまに @pon_zu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます