ほんやへのだいぼうけん

江崎美彩

第1話

 毎週のように訪れているショッピングセンター内を、短い脚をものともせずに元気に闊歩するキミは、まるで恐れを知らない勇者のようだ。


 キミが力強く歩けば『まぁ! 元気そうだこと!』とご婦人達が称賛の声をあげる。


 この世の褒め言葉はすべて聞きなれているとばかりに、当たり前のようにキミは信奉者のご婦人達に手を振ってこたえ、目的地に向かってまっしぐらに進む。


「あった!」


 キミは短く叫ぶと繋いでいた手を振り解き走り出す。まるで遭遇した怪物モンスターに先制攻撃でも仕掛けるみたいに俊敏だ。


「まって!」


 そう言って待つわけがないことはキミとの短くも濃密な付き合いでわかっているというのに……

 反射的に叫び、慌てて手を伸ばしキミの腕を掴む。


 細くて柔らかなキミの腕は信じられないくらい力強い。必死に振り解こうとするキミの両腕を掴み、屈んで目線を合わせた。


「さっきのお約束は? なんだった? 言ってごらん」

「えっ? サッキノオヤクソクハ……?」


 キミは難解な呪文を唱えるようにリピートし、神妙な表情を浮かべる。


「走らないってお約束したでしょう? お約束が守れないなら帰ります」

「ハイッ!」


 誰に似たのかキミの返事は自信に満ちている。さすが世界を救う勇者だ。


 小さな湿った手をもう一度繋ぎ直し、キミの目的地に共に向かう。




 絵本売場ユートピアまでの道のりはキミにとっては大冒険だ。

 入り口付近の雑誌コーナーに群がる巨人達の足元を縫うように進み、展示してあるお試し用の玩具の前で立ち止まると動かなくなったキミは、まるで宝箱に擬態したモンスターの罠にかかった冒険者のようだ。


 同じ罠にかかった冒険者達の守護者ガーディアンとお互い言葉なく顔を見合わせた。




 ようやく絵本売場ユートピアだ!


 こちらはすでに疲労困憊だというのに、キミは目的の絵本たからものを手に顔を輝かせる。


 キミが笑顔を向けてくれるのはあと何年あるのかな?


 もう少しの間だけ、キミの冒険の旅に付き合わせておくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほんやへのだいぼうけん 江崎美彩 @misa-esaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ