翼をもらったキリン

不二川巴人

翼をもらったキリン

 ある広い草原に、一頭のキリンがいました。歳はだいたい、人間で言えばハタチぐらいだと思います。


 そのキリンも、若くて無謀な夢を持っていました。木の葉っぱを毎日食べていて、彼は思いました。


「ああ、ぼくも、鳥のように空が飛べたらなあ」


 自由気ままに空を飛んでいる、いろんな鳥達。

「ねえ、君たち。空を飛ぶって、どんな感じだい?」

 彼らに話しかけたかったのですが、自分の首では届きません。


 彼は毎日、神様にお願いしました。

「お願いします、どうかぼくに、翼をください!」

 それはもう、毎日毎日、祈りました。

 でも、神様は忙しいのか、なかなか願いを叶えてはくれませんでした。


 空を飛びたい。どうしても飛びたい。翼さえあれば、ぼくはもっと自由になれるのに。

 ああ、翼さえあれば。それさえあれば。さえあれば。


 神様は、実際とても忙しかったのですが、彼があまりにも繰り返し繰り返し願うものですから、とうとう根負けしてしまいました。軽く奇跡を起こし、翼を授けてあげたのです。


 その日、眠りから覚めた彼は、驚きました。なにせ、自分の背中に、立派な翼が生えていたからです。

「やったあ! ありがとう、神様!!」

 大変喜びました。それはそうでしょう、ずうっと願っていたことが、遂に叶ったのですから。


「よーし!」

 意気込んで、彼は翼をはためかせました。

 少し力は必要でしたが、ふわり、と、自分の身体が宙に浮きます。

「よいしょ、よいしょ、よいしょ……!」

 懸命に翼を動かし、空へと飛び立ちました。


 空。どこまでもどこまでも続く青空を飛びながら、感激していました。それはとても気持ちがよくて、永遠に飛んでいられそうな気がしました。


 いい気分で空を飛んでいた時、目の前に、一羽の鳥がやってきました。

「やあ、こんにちは!」

 明るく挨拶をしたのですが、冷たい声が返ってきました。

「なんだよ、おまえ。誰だよ、おまえ」

「えっ? ぼくはその……見ての通り、キリンだけど?」

 歓迎してくれないことに戸惑いましたが、やっぱり鳥は、冷ややかに言います。

「何しにしたんだ、このよそ者が」


「ひどいよ、そんな言い方しなくても、いいじゃないか?」

 かなりショックでしたが、鳥は変わらず、そっけない態度でした。

「空にはなあ、空のルールってのがあるんだ。誰でも来ていい場所なんかじゃないんだぞ!」

 空のルール、といわれても、ピンと来ませんでした。でも、分からないのなら、教えてもらおうと思いました。

「じゃあ、それを教えてよ!」

「嫌だね。なんでおれが、よそ者に優しくしなきゃいけないんだい」


 ここまで冷たい態度を取られては、さすがに、むかむかしました。

「別に、君に教えてもらうことはないよ。他の鳥に聞くから」

 ぷいっとそっぽを向いて、別の方向へ飛んでいきました。


「はあ、はあ、はあ……」

 飛ぶと言うのは、思っていた以上に疲れるものでした。それはそうでしょう、キリンの体重を宙に浮かべるための浮力、つまりは浮く力を生むための翼です。勝手にはためいてくれるわけではなく、飛ぶためには、全力を出さなければなりませんでした。


 やがて、別の鳥が現れました。今度こそ教えてもらおうと思って、再度話しかけました。

「はあ、はあ、こ、こんにちは! ねえ、君。ぼくに『空のルール』ってのを教えてくれないかい?」

 でもやっぱり、その鳥も冷たく言いました。

「教えても無駄だよ。だってお前、ずうっと飛んでいられないじゃないか? まずは、満足に飛べるようになってから言いな」

「ふう、はあ、き、君も冷たいなあ……」

 がっかりしている間に、その鳥も、視界から消えました。


「ぜは、ぜは、ぜはあ……」

 めまいを覚えていました。疲れていました。

 視界の下には、広大な海が広がっていました。

「はひ、はひ、う、うわあ、なんだ、ここ? 水だらけじゃないか?」

 海を見たことがないのですから、この反応は、当たり前です。

 でも、その驚きは、長くは続きませんでした。もう、体力が限界を迎えていたのです。

 やっと、さっきの鳥が言っていたことが分かりました。

 そうだ、ぼくは、永遠に飛んでいられないんだ。

 いったん気持ちが後ろ向きになると、ただでさえ残り少ない体力が、ごっそり奪われていきました。


「あ……」

 やがて、最後の力が尽きる感覚が、しました。はためきはぴたりと止まり、キリンは、まっさかさまに、海へ。


 落ちていきながら、彼は、ぼんやり思いました。

 ああ、そうだ。鳥のように「ずっと飛べない」のなら、歓迎されないだろうし、ルールがどうこうって話でもない。

 それに、「ルール」っていうのも、なんとなく分かる。

 草原でのぼく達もそうだったけど、どんなに少なく考えても、なわばりがない。だいいち、空にはぼくの食べ物がない。それに、同じく「翼を持ったキリン」の仲間もいない。


 草原にルールがあるように、空にもルールがある。

 誰だって、ひとりぼっちじゃ、生きられない。

 なあんだ。すごく簡単なことじゃあないか。


 ぼくって、浅はかだったなあ……。


 翼「さえあれば」全てはうまくいく。

 そおんな甘い話なんて、ないのです。


 ――その後の彼がどうなったのかは、誰も知りません。


 おしまい

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翼をもらったキリン 不二川巴人 @T_Fujikawa

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