私が通った本屋さん

ふさふさしっぽ

本文

 今時めずらしい、引き戸の入り口から中に入る。

 店内は薄暗く、お世辞にも広いとは言えない。その限られた空間に、店主の趣味を全開にした、様々な古本が所狭しと詰め込まれている。

 古めかしい個人店の古本屋。

 今日が最後の日。

 私はこっそりと、入店した。


 入り口付近には、ベストセラー小説やメジャー雑誌、人気漫画が陳列されている。

 いくら趣味の古本屋お店と行っても商売は商売。売れなければやっていけない。この辺は偏屈な店主も妥協したのだろう。だけれど、そこを通りすぎれば、流行に左右されない、店主独特の世界が広がっている。私の大好きな空間。


 私と店主の嗜好は似ているんだろうと思う。

 江戸川乱歩に星新一、フレドリック・ブラウン。世界怪奇全集、古今東西のふしぎ、タイムマシンの作り方100選――。


 私の欲しい本がいつも、ここにはあった。それも手に届く、良心的な値段で。

 今の時代、電子書籍で読むこともできるけれど……やっぱり、紙の本がいい。それに、私はこのお店の雰囲気が好きなのだ。

 本棚と本棚の間は人がやっとすれ違うことができるほどのスペース。

 背の高さも、出版社もバラバラな本の配置。もしかしたら、私には分からない店主のこだわりがあるのかもしれないが。高いところの本を取るための台はお風呂の椅子だ。背の高さが155センチの私には、それに乗っても一番高いところの本には届かない。


「今日でお別れです」


 私は一番奥に座る、接客する気ゼロの店主……老婦人に話しかけた。80歳くらいの老婦人は、読んでいる本から顔を上げない。本のタイトルは……「宇宙人が侵略して来たときの対処法」。やっぱり私と本の好みが似てる。


 店主さん、結局会話らしい会話はしませんでしたね。お互い無口でしたから。

 私のこと、ちゃんと認識してました? ふふっ。

 小学生のときこのお店に出会ってから今まで、暇を見つけてはここに来ていました。結婚して子供を産んだ後は忙しくてなかなか来られませんでしたけど。私はずっとここに住んでいましたので、可能な限り来ました。

 それも今日で最後です。

 病気には勝てませんでした。

 向こうの世界に行きます。


「ばーちゃん、店番変わるよ」


 高校生か……大学生くらいの男性が、店主の老婦人に声をかける。本好きなようで、ネットを上手く使って宣伝し、この古本屋をサポートしているらしい。本の入れ替えも手伝っている。頼もしいことである。


 さて、私はそろそろ行こう。

 思い出の本屋に別れを告げて――。


 

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