獏の本屋

しらす

眠りの中で訪れる本屋

 誰も信じてくれない話を一つしようと思う。


 私は幼いころから、よく同じ夢を見た。正確には全く同じ夢ではないけれど、同じ場所を訪れる夢だ。

 その場所と言うのが、現実にある場所なのかどうかも分からない、険しい岩場に立つ古びた本屋なのだ。

 私はそこを、獏の本屋と呼んでいる。


 獏の本屋、なんて呼んでいるけれど、店主の姿を見た覚えはない。

 ただ、夢の中で本を買い、それを読み、目が覚めたら何を読んだのか覚えていない、ということの繰り返しだから、きっと夢を食うという獏が開いている店なんだろう、と思っているだけだ。


 とても不確かな話だ。

 起きたら本の内容は全て忘れているし、ただ同じ景色が出てくるだけの夢だとも言える。


 しかし一つだけ、私がそこを「獏の本屋」と呼ぶ理由がある。


 朝起きると、昨日まではどんなに頭を悩ませても解けなかった問題が、すっきりと解決できている、なんて経験がある人はいないだろうか。

 私には小さい頃から何度もあった。


 例えば宿題の問題が解けなかった時。友達と喧嘩したことを誰かに責められた時。委員会の仕事で難題を解決しようとした時。

 悩みに悩んで、疲れて眠ってしまうと、翌朝には嘘のように解決方法を思い付くのだ。

 そして決まってそんな時は、獏の本屋の夢を見ていた。


 高校時代には、その本屋に行けなくなったこともある。

 いつまでも予習も復習も終わらず、毎晩2時まで机に向かっていた頃、私は行き詰っていた。志望大学は絶望的だと思っていた。

 当然、寝る時間はほとんど無かった。


 しかし、もう仕方ないと諦めて、疲れたら寝るようになった途端、獏の本屋の夢を見るようになった。

 獏の本屋に行った翌朝は、前の晩に出来なかった予習も宿題もすらすらと終わった。

 そうして無事、志望大学に進学したのだ。


 だから私は、今でも夜はよく寝るように気を付けている。

 困った事があった時ほど、獏の本屋に行けるように。

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獏の本屋 しらす @toki_t

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