涙に除湿剤は効かない

十余一

涙に除湿剤は効かない

 長年共に歩んできた朋友ほうゆうに裏切られる気持ちがわかるか。

 水魚の交わり、金蘭のちぎり、あるいは莫逆ばくげきの友。生まれた地と時は違えども常に共にあり、歓喜も悲哀も幸福も憤怒ふんぬも、そして寂寞せきばくさえも分かち合ってきた。


 しかし、オレはてられた。棄てられてしまった。恒久に続くと思われた友誼ゆうぎは、ある日突然に断ち切られた。否、予兆はあったのかもしれない。次第に薄くなる縁から、不安と懐疑から、必死に目をらし続けていた。


 そうして一寸先も見通すことが出来ない暗闇に囚われたオレは、長い間、失意と懐古の念をそのまま夢に結んでいる。あの姿、あの部屋、あの道、あの言葉、思い出す全てに暗さばかりがつき纏う。記憶の鮮やかさはそのままに、明るさだけがかげりを見せる。


 もしもオレに心というものがあったならば、その在処ありかが解るくらい泣き伏していたことだろう。だが、どれだけ悲嘆に暮れようとも流涕りゅうていせず。隙間だらけの空疎くうそな身では、感情の発露すら叶わない。友垣の隣で抱いた喜怒哀楽すら、贋物にせものだったのだろうか。胸を引き裂かんばかりの哀情があっても、糸の一本さえ千切れず粛然しゅくぜんとしている。



「確かここらへんに……、あった!」


 懐かしい声と共に、眩しい光が差し込んできた。暖かい光だ。


「ちゃんと仕舞っておいて良かったぁ」

「本当本当。ありがとね、母さん」

「あんた、このぬいぐるみ大好きだったもんねぇ。ご飯食べるときも寝るときもお出かけするときも、絶対に離さなかったの懐かしいわ」

「懐かしいというより、ちょっと恥ずかしいや。でも、産まれてくる赤ちゃんも、この子のこと気に入ってくれるといいな」


 無二の友と、その御母堂ごぼどうが言葉を交わしている。

 オレの中に立ち込めていた狭霧が晴れ、希望がの光をふるわせて伝わってきた。オレは棄てられてなどいなかった。


「あれ? なんか濡れてる」

「嘘ぉ!? ちゃんと押し入れに除湿剤入れておいたのに……!?」




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