古書 隠れ堂

超時空伝説研究所

木の葉のしおり

 学生時代、金がない私はよく古書店街を訪れていた。

 店先に無造作に置かれたワゴンや展示台に、放り出されたように置かれた黴臭い本。


 もちろん稀覯本などではない、ありふれた書籍である。


 わたしの狙いは、米軍キャンプ辺りからの払い下げ品と思われる粗悪なペーパーバックだった。これ以上品質を落とせばページをめくるだけで破れてしまうのではないか。そう思われるほどざらついた紙は、日に焼けて茶色に変色していた。


 カビの匂いを鼻から吸い込みながら、わたしは貪るように本を取り上げては目当ての作家を探したものだった。


 ペーパーバックは安かったが、古書店街まで来る電車賃が私の懐には痛手だった。月に1度、西日の当たる店先でワゴンセールのペーパーバックを掘り起こすのが、私のかけがえのない趣味であった。


 探偵ミステリがあった。サスペンスがあった。荒唐無稽な冒険譚があった。

 SFも読んだ。ファンタジーも楽しかった。高校生で英語力がおぼつかなかった私は、日頃の倍以上の想像力を駆使して日焼けしたページの中に没入して行った。


 本屋の名は「隠れ堂」だったと思う。その頃の私には店名などどうでも良かった。金を払う時以外、店内に入ったこともない。私が買えるのは店先の歩道に置かれたワゴンの中にある物だけだった。


 ある日、そこで買った1冊の本を読んでいるとページの間に挟まっているものがあった。


 1枚の木の葉だった。


 古本に挟まったしおり代わりの木の葉。そのはずだった。

 しかし、その葉は青々とみずみずしく、今まさに枝から摘み取ったかのように新鮮だった。


 指に摘まんで木の葉を鼻に当てると、嗅いだことのない、清々しい香りがした。

 太古の森を渡る清廉な風のような匂い。


 わたしは目を瞑って、その香りに身を浸した。


 目を開けると、私は森の中にいた。

 そしてその日から、この世界樹を守る守り人として魔獣と戦っているというわけさ。

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