第33話 最終話

そのままムートー子爵とノマド男爵は、リアム様が連れてきた人達に連行されていった。

 リアム様は立ち去る際に、私に向かって「驚かせてごめんね。またゆっくり話そう」と言ったあと、イーサンには無言で手を振って去っていった。


「イーサン、あなた、リアム様が来る事を知ってたの?」

「昨日の晩、リアムの遣いが宿まで来てくれて、段取りを教えてくれたんだ。クレアのお願いを伝える際に、どこに泊まるかは伝えていたから」

「そうだったのね…。でも、どうして教えてくれてなかったの?」

「本当は俺達がこの屋敷を出てから、リアムに入ってもらうつもりだったんだ。だけど、ムートー子爵があまりにもクレアを悪く言うから…。ごめんなさい」

「イーサンが謝る必要はないわよ。私のために怒ってくれてありがとう」


 イーサンの頭をなでてやると、嬉しそうに笑う。


「もう、クレアはムートー家には用はないよな?」

「そうだけど」

「じゃあ、家に帰ろう」


 イーサンが懇願するような目で見てくる。

 自分の荷物を持ち歩いているから、このまま、どこかへ行ってしまうのかもしれないと、まだ、不安なのかしら?


「イーサン、自分の右手をグーにしてみて」

「?」

 

 不思議そうにしながらも、イーサンは握りこぶしを作る。

 私はその上に自分の手を重ねて彼の手を握った。


「帰りましょ」

「……」


 イーサンがなぜかキラキラした瞳で見てくる。

 どうやら喜んでいるみたい。

 わかりやすくて良い。


「これって、手を繋いでいる事になるのか?」

「そうね」


 さっきの手首を折るシーンを見てしまったせいで、今はまだ、ちゃんと手を握る事には恐怖を覚えるから、私達の手繋ぎは、しばらくはこの状態でいいだろう。

 使用人達に別れを告げる際に、イーサンはどうしても次の就職先が見つからなければ、ジュード家に連絡を入れてくれたら良いと、優しい言葉をかけてくれた。

 

 このままだと、この屋敷は違う誰かのものになってしまうか、放置されてしまうだけだろうから、お別れを心の中で告げる。

 

 最後の方は嫌な事が多かったけど、素敵な思い出もたくさんある。

 

 今までありがとう。


 家に向かって、ぺこりと頭を下げると、なぜか、イーサンも一緒に頭を下げた。


 こうして、私は、本当にムートー子爵家からサヨナラする事ができた。








  次の日からは、せっかくなので、イーサンと一緒に旅行をする事にして、ジュード辺境伯の家を離れてから、10日以上たった日に、私はまたジュード辺境伯の家に戻ってきた。


「おかえりなさい、クレア! 旅行は楽しかった?」

「おかえりなさい! 頼んでいたお土産は買ってきてくれた? そうだわ! この旅行で、イーサンとは少しは進展したの?」


 ジュード辺境伯夫人とエリザベス様に出迎えられ、笑顔で答える。


「楽しかったです。お土産は馬車にのせてるのでおろしてもらいますね。あと、進展に関してはどうでしょう。でも、家を出た時よりかは進展はしてるかも?」

「クレア」


 話している途中だったけれど、イーサンから名を呼ばれて振り返ると、彼が真剣な表情で言う。


「旅行をしてみて思ったんだが、俺、やっぱりクレアといるのが楽しい」

「ありがと」

「で、予約したいんだ」

「ん?」


 なぜか、辺境伯夫人とエリザベス様が私から少し離れていく。


「俺はまだ16歳だし、精神的にもまだまだ子供だから、あと2年くらいしたら、俺とけっこ」


 イーサンの話の途中で、辺境伯とイライジャ様が家の中から出て来る為に扉を開けたため、中で待ちわびていた犬や猫達が飛び出てきて、イーザンと私に飛びかかってきた。


「んっ、わ! わかった、わかったから、落ち着け!」

「はいはい、あんた達もいい子にしてた~?」


 イーサンはもみくちゃにされ、私は私で犬達をかまってやりながら、イーサンの方を見る。

 話を邪魔されたイーサンがしょんぼりしているように見えたから、ついつい、ふふっ、と笑うと、エリザベス様が叫んだ。


「うそ! クレアが笑った! ねぇ、見ました!?」

「見たわ! クレア、あなた笑ったほうが断然、可愛いわ」


 辺境伯夫人の言葉を聞いて、亡くなったムートー子爵夫妻がそう言ってくれていた事を思い出した。

 ジュード辺境伯もイライジャ様も可愛いと言ってくださったので、なんだか照れてしまう。


 けれど、イーサンには見えていなかったようで…。


「クレアの笑ったとこ見てない! クレア、もう一回頼む」

「無理」

「そ、そんな…」


 がくっと崩れ落ちるイーサンが可愛くて頭をなでなでしてやる。


「ほら機嫌なおして?」

「そんな事では騙されない」


 イーサンは不満げに口を尖らせる。


 よっぽど見たかったみたいね。

 

「また見れる日は来るわよ。だって、また、ここに住むんだから」


 そう言って、視界にはおさまりきらないくらい大きな屋敷を見つめた。

 

 というわけで、改めて今日から、辺境伯の家に居候する事にしました。


 

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辺境伯令息の婚約者に任命されました 風見ゆうみ @kazamicocoa

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