【掌編】木を大切にする国【777文字】

石矢天

木を大切にする国


 僕は旅をしている。

 世界にある様々な国を、自分の目で見て回るためだ。


「なぜこの国には本屋がないのですか?」と訊ねると、男は不思議そうな顔をした。

「本屋ならココにあるじゃないですか。おかしな人ですね」


 男が指を差したのは本と同じサイズの電子端末。画面にはいくつもの本の表紙が並んでいる。もちろん僕が言っている「本屋」とはこれのことではない。


「これは電子書店ですよね。僕が探しているのは紙の本を売っている本屋です」

「紙の本ですって!? なんて野蛮な人でしょう!」


 男は驚きの表情を見せると、あわてて僕から三歩ほど離れた。

 そんな危険人物みたいな扱いをしなくても、取って食ったりはしないのに。


「これは申し訳ありません。この国へ来たばかりなもので、失礼をしてしまったようでしたら謝ります」


 僕が頭を下げると、男の態度は少しだけ柔らかくなった。


「そうでしたか。それでは仕方ありませんね。この国は木を大切にする国なのです。ですから、木を必要とする紙は廃止になりました」

「なるほど。しかし、木材を作った残りの背板や、間引きした木でも紙の材料になりますよね。自然への影響は小さいのでは?」

「そういうことではありません。そもそも『木を切る』という行為こそが木を殺しているわけですから、この国では禁じられているのです」


 男の話に僕は頷き、「そういうことでしたか」と相槌を打つ。


「ところで、後ろにあるのはあなたの家ですか?」

「ええ、そうです。良かったらお茶でもいかがです?」


 成長した樹木に浸食されて、いまにも崩れ落ちそうだ。

 しかし男は気にする様子もなく、笑顔で僕を家に誘ってくれた。


「ご厚意はありがたいのですが、先を急ぎますので失礼します」


 僕はペコリと頭を下げて、男に別れを告げる。

 背中の方でなにやら大きなものが崩れるような音が聞こえた。


 僕は振り返らずに、次の国を目指して歩いていく。




      【了】

 

 

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