スキル【本屋】で無双します

真偽ゆらり

世界を救った本

「ここは俺に任せて先に行け」


 魔王軍の計略により迫る魔王軍の軍勢に魔王城へと進むのを余儀なくされた勇者一行にそう告げ、俺は地平線が見える荒野を埋め尽くし日の光を遮る程の魔物の軍勢の方へ踵を返す。


「待て、何を言っているんだ」

「そうよ! 追いつかれる前に全員で魔王城に乗り込んで魔王を倒せば済む話でしょ」

「無理だ。このままだと魔王城手前で軍勢に飲み込まれる」


 勇者と女魔導士以外は俺の意を汲んでか薄情なのか足を止めなかった。


「だったら! 僕たち全員であの軍勢を倒してから魔王城へ挑めばいい!」

「バカ野郎。まだ四天王だって五人残ってるんだぞ」

「大丈夫よ。あの数を倒せばレベルだって上がるわ」

「カンスト間際の俺たちじゃ上がってもせいぜい二か三だろ? ここじゃアイテムの補充もできない。消耗は避けるべきだ」

「でも、でも!」

「そうだ! あんたのスキルなら駄菓子だかなんだかを出せるじゃない。それで補充すればいいのよ」


 スキル【本屋】は対価と引き換えに本屋に在りそうな物を召喚できる。


「駄菓子で回復できてたまるか!」

「できるわ」

「え?」

「駄菓子を食べたらHPとMPマジックポイントが回復したもの」

「ははは、本の少しだけどね」


 勇者も女魔導士も嘘を言っている様には見えない。

 スキルで駄菓子を取り出し、口に含む。


「うゎ、マジで回復した。いやでも回復量微妙……」

「あ、チョコのやつ。私も食べたい」

「僕はソーセージのやつで」

「某は筒状のアレを、納豆味のを頼むでござる」

「ワシは黒糖の麩菓子のやつじゃ」

「わたくしは、あのパチパチする雲みたいなのをお願いします」

「ん。キャベツが入ってないキャベツのちょうだい」

「あちしはイカ系ので」


 俺が駄菓子を取り出す召喚光が見えた瞬間戻って来やがった。まったく現金な奴らだよ。


「出してやるから金だせ、金」

「ちょっ、こんな時にも金取るわけ?」


 仕方がないだろ、俺のスキルはMPマジックポイントじゃなくてMPマネーポイントを使うんだから。


「ほらよ。つってもこれで消耗を回復しようと思ったら太るぞ?」

「「「「うぐ……」」」」


 女性陣が思わずお腹をさする様子に思わず笑みがこぼれる。


「いいから、ここは俺に任せて先に行けって」

「どうしても残るの?」

「あぁ。雑魚戦ならともかく四天王戦や魔王戦だと俺は足でまといになるからな」

「それくらい! それくらい……」

「別に死ぬつもりで残るわけじゃないから安心しろよ」

「できるわけないでしょ!」

「大丈夫、俺には奥の手があるから」

「本当に?」

「俺の奥の手は魔王城じゃ狭すぎて使えないんだ」


 涙ぐむ女魔導士の頭を赤子をあやすように撫でると涙を溢れさせながら抱き着いてきた。


「死んだら承知しないんだらね!」

「お前らもな。あ! そうだお前ら、金貸してくんね?」


 流れる沈黙。涙を返せと言わんばかりの表情で睨む女魔導士。

 

「あはは! 君らしいね。分かった僕の全財産を貸すよ」

「お、いいのか?」

「あぁ。もし、魔王を倒した後もう一度会えるのなら返さなくてもいい。でも、もし死んだら何百倍にして返して貰うからね」


 勇者がそう言ってマジックバックから全財産を取り出したのを皮切りに、他の仲間たちも全財産を取り出して同じ約束を持ち掛けてきた。


「ありがとうよ、お前ら。代わりに俺の宝もんを預けるから絶対返せよな」


 そういって俺は勇者に取り出した本を手渡す。


「もちろん――って、これエロ本じゃないか!」

「絶版の大事なお宝本だ。使ってくれてもかまわないぜ?」

「使わないよ!?」


「ちょっと私にはなんかないわけ?」

「よし、お前にはお守り代わりにこの本を預けよう」


 取り出したるはビニール包装されたままの本。


「わぁ……って、なんでガチムチのBL本なのよ! せめてイケメン同士のをよこしなさいよ」

「無事再会できたらやるよ」

「要らないわよ!」

「あの~でしたら、わたくしがいただいても~?」

「「え!?」」

「あ、なんでもないです~」

「ガチムチ? 耽美なの?」

「両方でお願いしますわ!」


 普段見ない熱意溢れる僧侶に思わず本を追加してしまった。


「一応な? この本、四天王対策なんだわ」

「そうなの?」

「むさ苦しい親方系のおっさんばかり攫うサキュバスとか、中年のおっさんの装備と服ばかりをやたらと狙う黒騎士がいたろ」

「なるほど囮につかうのね」

「ワンちゃん寝返らせるのも狙えるかもな」

「じゃ、じゃあ僕に預けたこの本も?」

「いや、それはただのお宝本だ。童貞臭丸出しのドラキュラにはこの本を使え」

「お、女吸血鬼のヌード写真集!?」

「コスプレ本だけどな」

「四天王のドラゴン対策の本は流石に無いよね」

「あるぞ。ドラゴンと馬車がチョメチョメする本だ」

「馬車!? うわ本当に馬じゃなくて馬車だ」

「四天王の五人目は……多分これでいけるだろ」

「透明人間モノと時間停止モノ?」

「こ、これは某も少し……いやなんでもないでござるよ!?」


「なぁ、魔王の性癖って何だと思う?」

「知らないわよ。自称完璧な存在の性癖なんて」

「自称完璧な存在か……とりあえずフタナリ本でいいか」


 仲間それぞれの性癖と魔王、四天王の性癖に合致しそうなエロ本をセットで全員に手渡す。無論、全て違う本だ。


「とんだ御守りがあったもんだ」

「いいんだよ。性欲エロは全生物共通だ」

「ん。エロは世界を救う」

「お前さんが肯定するのか!?」

「なぁ、コレ読んでいいのか?」

「後にしなさい! って、バカやってたせいでだいぶ近づかれちゃったじゃない。これは仕方ないわね。みんなで蹴散らすわよ!」


 嬉しそうな表情を隠せない女魔道士には悪いが、そろそろ奥の手を使わせてもらおうか。

 山のように積まれた金貨の山——仲間達が貸してくれた金と【本屋】スキルを使って知識チートしまくって貯め込んだ金を惜しみなく使わせてもらう!


「おい、鋼化魔法と衝撃緩和の魔法を使え」

「え、それだと身動き取れなくなるけど」

「構わない。俺の奥の手でお前達を一気に魔王城へ吹っ飛ばす」


「な、なに……言ってるのよ」


 手を伸ばす女魔道士を僧侶が羽交締めにして止めている間に勇者が鋼化魔法を、幼賢者が衝撃緩和の魔法を発動させた。


鋼化魔法メタリオン」「ん。衝撃緩和ダンパー

「待っ——」


指向性召喚サモン・ドライブ——『幹線沿いの大型書店』」


 指向性召喚は召喚位置と召喚されてくる向きを自在に操れる。


 つまり、俺は仲間達に巨大な建築物を高速で激突させた。


 エネルギーは重さと速度の二乗の積らしい。

 若干のロスはあるもののエネルギー保存の法則で、鋼化した勇者達は召喚した大型書店との重量比分加速して飛んでいった……はず。

 【本屋】スキルで買った理科の教科書にあった『ニュートンのゆりかご』とやらを参考にした作戦は勇者達が魔王城上層階に突入した事以外は想定通り……想定通りだとも。いや、下層階をスキップできた分上出来じゃね?


 思った以上のスピードで勇者達は飛んでったがきっと大丈夫だと信じて、迫り来る軍勢の方へ向き直る。


本屋展開オープン・ゲート——『魔導書店トリリオン魔導都市本店フルバースト』」


 本屋展開は本来、対象の本屋にある本の複製本レプリカを任意に購入するだけの効果しかない。

 だが、この世界には開くだけで魔法が発動する魔導書と呼ばれる危険物が存在する。複製本に一度しか読めない制約があろうが関係ない。複製本が制約で消える側から——否、消えるよりも早く購入し続けるだけ。


 ただそれだけで次から次へと虚空から現れた魔導本が開き魔法が発動する。


 魔導書は対象も範囲も設定できない。ただ開いた先へ魔法をぶち撒ける。


 荒れ狂う極炎が、全てを引き裂く颶風が、破滅を齎す迅雷が、大瀑布の激流が、絶対零度の凍気が、裁きの極光が、深淵より出る闇が、次元の歪みが、超重力の檻が、鳴動する大地が、堕ちる空が、廻る星の叛逆が、崩れゆく空間が、宙駆ける衝撃が、星降る夜が、望まぬ明日が、万象を灰燼と変える悪滅の灯火が、過去よりの悪意が、母の怒りが、滅びの旋律が、終末の爆炎が、癒しの光が、社畜の靴下が、妬みと恨み辛みの塊が、抱きついてくる闇の炎が、再生と豊穣の願いが、人類讃歌の波動が、血の脈動が、刃の雨が、集約されし太陽の光が、彷徨える魂の嘶きが、事象の地平線が、愛らしき猫の彫像が、這い寄る混沌の主が、不摂生の反動が、未来へのツケが、封印せし愛の詩が、万物に平等たる運命が、抗い難き情動が、忠犬の想いが、ただの理不尽が、ちょっとした不幸が、単なる失敗作が、迫る〆切が、良い湯加減の風呂の湯が、破壊する光線が、重元素の光波熱戦が——


「消し飛べ!」


 ——空と地平を埋め尽くす魔物の軍勢へ、延々と解き放たれ続けた。




 絶大なる魔法耐性の有無でかけるふるいの次なる篩は物理耐性への挑戦状。


「指向性召喚——『店降る夜にストアリー・ナイト・大型チェーン店』」


 空より遥か上、星の重力圏ギリギリに召喚された大型チェーン店の全店舗が星の力引かれて不運にも生き残った魔物達へと飛来する。


「……高くに出し過ぎた。当たるまでに結構燃え尽きてる」


 生き残っている魔物は上空からの質量弾大型店舗ではトドメをさせそうもない。次なる一手は精神へと向ける。


「指向性召喚×本屋展開——『腐教布教オープン・ザ・ドア』」


 それは何てことはない本の雨。先程までの理不尽と比べれば生き残っているゴーレム系の魔物達にとって取るに足らない。その本の内容を認識してしまうまでは。


『ボールペン×消しゴム』

『水×土』

『電球×ソケット』

『輪ゴム×割り箸』

『石×岩』

『銅×鉄』


 そう、無機物同士のBL本である。


 無機物で構成される身体が故に抱くはずの無かった感情が芽生えようとしいた。否、今この瞬間にて目覚めたのである。ゴーレム達が性に。


 理不尽を超える理不尽から生き残った事で生まれた生きている喜びと、降り注ぐ無機物BL本による性への目覚めが合わさった結果何が起こるのか。


「あ〜、いや……まさか致し始めるとは」


 これは想定外。だが、敵に戦闘の意思が無くなったので結果オーライ。


 こうして俺の戦いは終わった。そして、時を同じくして魔王城突入と同時に御守りの本――エロ本をぶちまけた勇者一行と魔王及びその四天王が意気投合。和平への道を歩むことに。


 魔王との和平を果たしたこの戦いは人類史が続く限り永劫に語り継がれる事になる。だが、決してその詳細が語られる事は無い。言えるはずもない、エロが世界を救ったなどと。


 しかし、とある種族の歴史――ゴーレム史には事細かに刻まれていた。和平と同時期にゴーレムは生物における三大欲求を獲得したことで新たなるヒト種として認められる。無機物生物がゆえに本型の外部記憶装置へと保存可能だった当時の記憶は多くの歴史学者がこぞって手に取って開き……そして、ソッと閉じた。







 世界は救われた、とある世界にある本屋の全店舗と引き換えに。

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