本の大国

渡貫とゐち

お題「本屋」

 ここは本の国。


 世界中のあらゆる書物が収められている。

 この国にくれば、どんな本でも見つかる。

 ただ、それは他の国に『』ということでもあるのだが。


 独占しているのだ。

 他国の人間がこの国に『足を運ばざるを得ない』状況を作るために。



 ガラス張りの建物は、遠目からでも中がよく分かる。

 多くの本棚が並んでいるが、収まり切らない本が床に積み上げられていた。

 本も、一タイトルに一冊しか置いていないわけではないのだ。

 同じ本でも少なくとも二冊……、多くて二十冊くらいは置いておかないとならない。


 利用者が集中すれば、人気の本はあっという間に持ち出される(国の外へは持ち出せないので、併設されているホテルに持ち出す利用者が基本だ)。

 借りようと手続きすれば(閲覧のみでも)十年待ちなんてざらにある。そういったお預けは『盗んでしまおう』という動機を作ってしまうので、早い内に対処をしなければならないが――



「ようするに、読めればいいんだよね?」


 本を読まなさそうな少女だった。

 活字を見れば数秒で眠くなってしまいそうな、快活な性格である。

 彼女がその性格に合わずここでバイトをしているのは、他になかったから――であるが、知り合いから人手不足で助けを求められて、でもある。


 この仕事、体力が必要なこともある。


 多過ぎる本の整理や返却に右往左往……、左右だけでなく上下に移動することもある。

 広大な敷地で、しかも上にも高いとなると、移動距離も必然と長くなる。

 インドアなタイプの人間には少々きつい仕事量であった。


 たとえるなら、遊園地の広さがそのまま図書館になったと思えば分かりやすいだろうか?


「雑談をするなら、手を動かしながらな」


 彼女に助けを求めた張本人――、本好きの青年が、本を棚に戻す。


 脚立が必要な高い場所の段だ……、

 不安定なので、彼女に脚立を支えてもらう。


「はーい。でもさ、実際に本を手に取って、開いて読む人がどれだけいるのかって話だよ。

 内容さえ分かればいいって人は持ち出す必要もないから――複数冊も図書館に本を置いておく必要はないと思うけどね……。

 ただでさえ多い本が、しかも同じ本で二冊、三冊もあれば、そりゃどんどんと敷地が広がっていくに決まってるじゃん」


「国のルールで、持ち出しは禁止なんだ。仮に、データで貸せるようになれば、それを持ち出されたら止められない。一気に世界に広がってしまうだろうな。

 電子書籍化を頑なに否定しているのは、この国に『足を運ばせる理由がなくなる』からだ。手軽で簡単に読めてしまうと、ありがたみも薄くなるしな」


「でも、利用する時のその面倒さは、人を突き離すことと一緒じゃない?」


「それはお前だからだろ。活字が苦手なら、そもそも足を運ばせることに大きな壁がある。それを越えさせるのは難しい。

 だが、本が好き、もしくは必要としている利用者からすれば、多少の面倒な手続きでもついてきてくれるわけだ――そこを逃すわけにはいかない」


「独占して、足を運ばせる……うーん、逆効果な気もするけど」

「……本を独占して、利用者の足が離れていくってことか?」


 本を元に戻し、脚立から降りる。

 一度、脚立を畳んで移動する。

 残りの本は一つ上のフロアだ。


「本を『読みたい』、『必要としている』ってことがフックになってるんでしょ? でも、面倒な手続きとか、長い待ち時間があるって考えると……『まあいっか、いらないや』ってなる人も多いんじゃない?

 この国に住んでるならいいけど、他国からわざわざ来て、一日かけても望む本が手に入るとも限らない――持ち出せないならまだしも、閲覧もできないとなれば、いくら必要としていても足が離れていくんじゃないかな?」


「それは、そうかもしれないが……だが、本でしか得られない知識がある」


 階段を上がる。

 とててて、と少女が先回りして前を歩いた。……相変わらず、体力が余っているらしい。

 後ろ向きで器用に階段を上がっている。


「それを読んだのは誰なのかな? 人だよ。人は記憶するし、学習する。本で読むよりも読解力がある人が自分なりに噛み砕いた本の知識の方が、自分で読むよりも何倍も分かりやすく吸収できるってものじゃない? 

 あたしがそうだし。本は読まないけど、本の内容は知ってるの。本好きの友達が口頭で教えてくれるから、活字嫌いでも関係ないしー」


「……ネタバレ屋か……!」


「いや、お金儲けの配信はしてないよ? 面白かった本の感想をカフェでする……、別にいいでしょ。そこまで規制したら、人権を奪っているようなものだし。

 本好きがどんどんと閉鎖的になっていく気がするし……。本嫌いでも内容は知っているって一部の層を振り払うのはマズイと思うよ。本って文化を残すためにも、そういう人たちの存在は必要なんじゃない?」


 本の内容を記憶し、自分なりに噛み砕いて理解した内容を紙に書いてまとめる。

 本ではなく紙の束だが、これはこれでれっきとした本だ。

 しかしそういった『束』は、『本』としては認められていない。そこが抜け穴だった。


「一部の国では『紙の束屋たばや』ってのがあるらしいね。まあ、ようするに本屋なんだけど。ページごとに売ってるみたいだよ。

 この国の大図書館で知識を仕入れて、持ち帰って紙に書き出し、紙の束として店で売り出す。一枚からとか、十枚まとめてとか。探してみれば、本という形を取っていないだけで、書いてある内容が本と一緒って品は少なくないかもね」


 たとえば人間の知識と記憶だって……本から得ていれば、人間=本とも言える。


 人間を買うことと本を買うことは同義だという国もあるくらいだ。


 次の階に先に辿り着いた彼女が、にぃ、と笑って言った。


「だってさ、本を書いたのは、『人』だし」




 ―― 完 ――

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