運命の出会いは古本屋で

かんた

第1話

 あの日、高校での1日が終わって僕は家に帰るために駅までの道を歩いていた。

 その日は珍しく部活も無く、学校終わりに友人と遊びに行くのでもなく一人で帰路についていたので、何度も通った道ではあったけれど初めて知る店や路地を発見して少し楽しく、冒険気分で町を歩いていた。


 そして、このまま駅へと向かっても電車が来るまでまだ時間があるという事で、寄り道をしてみようと曲がったところで、僕の運命を変える古本屋、そして君を見つけた。


 古本屋の入り口からちょうど見える位置に立っていた君を一目見て、ありきたりだけど僕は雷に打たれたかのような気持ちに陥った。

 それほど高くはない身長、後頭部でとりあえずでまとめられたような黒髪、整ってはいるけれど特別美しいというわけでもない容姿、けれど、僕はその瞬間に君に恋をしていた。

 きっと、その瞬間の僕の顔を自分で見ることが出来たのなら、人の口はこんなにも開くのかと、こんなに間抜けな顔も出来たのかと驚いていただろう。


 そのまま、抗えない引力が発生したかのように僕はふらふらとその古本屋へと入って行った。

 扉が開くときに小さくベルの音が鳴り、それに気付いた君がこちらを向いた瞬間、ふと目があった瞬間、きっと僕の顔は綺麗なリンゴ色をしていただろう。

 とはいえ、そのまま立ち止まっていても不審者になってしまうと思って、僕は彼女のいた方向へと、近付くように移動し始めた。


 移動し始めてまず、どちらにしろやっていることは不審者ではないだろうか、と思いもしたけれど、それでも僕は彼女に少しでも近づきたいという欲望に逆らえず、狭い店内で、あと数歩歩いたら君に触れられそうな距離まで近づいていた。

 とはいえ、小心者の僕にはそれ以上距離を詰められず、いわんや声を掛けることなんて出来るはずも無かった。

 もともと、自分は大して運動もしていないのに身体だけ大きく育ってしまった上に、厳めしい顔は父から受け継いだのか初対面では怖がられてばかりだったのだ、ここで彼女に声を掛けて怖がられなんてしたら、向こう1か月は落ち込むことは確実だった。


 彼女に背を向けるようにして自分も本を探しているかのようにしながら、少しでも彼女を感じられないだろうかと背中に意識を向けていた。

 ……もちろん、僕は何か特殊な訓練を受けた訳でも、不思議な技能を持っているわけでもないどこにでもいる高校生なので、そんなことは出来ないのだが、それでもこの瞬間だけはそう言った能力に目覚めないかと本気で考えていた。


「……んっ!」


 そんな風に神経を集中していたからだろうか、背後で彼女が漏らした声を聞くことが出来て、漏れ出た声ではあるが声も自分の好みだとちらと彼女の方を見た時、僕は彼女のもとへと駆けていた。

 恐らく高いところにあった本をとろうとしたのだろう、ぎりぎり届くかどうかといった高さなのもあって背伸びをして手を伸ばしていた彼女だったが、目的の本と一緒に、何冊かの本が一緒にずり落ちそうになっているのを目にしてしまったのだ。

 そのことに少し焦ったのか態勢を崩した彼女が後ろ向きに倒れそうになるのを、人生で一番早く動けたと思えるほどに素早く彼女のもとへ駆け寄り、右腕で彼女の背中を支えるようにして、余った左腕で飛び出そうになっていた本を抑えることに成功した。


「大丈夫ですか?」


 怖がられないように、精一杯表情を柔らかくするように意識しながら(緊張で強張っていてむしろ鬼のような表情だったとは後から聞いた)声を掛けて、少しはかっこいいところを見せられたかなと心の中で喜んでいると、彼女は少し呆然とした表情をして口を開こうとした。


「い゛っ!?」


 その瞬間、棚を抑えた時の勢いと言うか、その反動で一番上に積んであったハードカバーの本が僕の脳天めがけて落ちてきて、直撃していた。

 痛みに彼女から腕を離してしまい、一生の不覚だと思いながらも、あまりの痛さに頭を抑えながらうずくまると、次はしっかりと彼女は口を開いた。


「えっと……貴方こそ大丈夫ですか……?」


 改めて聞いた彼女の声に聞き惚れないように、声を聞けて浮かれそうになる自分を何とか抑えると、ゆっくりと彼女に顔を向けて大丈夫だと言おうとした。


「っ! 頭から血が出てます! こっちに来てください!」


 額からツーっと流れてきていた血を見た彼女は、一転焦った声を出して、僕の手を掴んで引っ張り出した。


「おばさん、救急箱貸してください! ケガ人です!」


 彼女がそう言うと、奥にいたのか店長らしき女性が出てきて、救急箱を彼女へと手渡した。


「貴方はそこに座ってください、今、手当するので」


「は、はい」


 彼女と会話が出来た、と浮かれていた僕は、言われるがままに用意された椅子に座るとパタパタと動き回る彼女を呆と見つめることしか出来なかった。

 少しして、濡らしたタオルと救急箱を手にした彼女が戻ってきて、僕の頭を触って傷元を探し始めたところで、ようやく我に返って、彼女に触れられているという事を意識して顔が熱くなった。


「え! 鼻血も出てるじゃないですか! とりあえずこのハンカチ使ってください」


 今度は先程とは別で羞恥で顔を熱くしながらも、渡されたハンカチで鼻を抑えながらすることもないので自分の頭を触っている彼女のことを見つめていた。



「はい、とりあえずこれで大丈夫です、改めて先ほどは助けてくれてありがとうございました」


 少しして、ガーゼやら白い網やらを頭に付けられた僕と、少し申し訳なさそうにしている彼女は向かい合って座っていた。


「いや、こちらこそ手当てしてくれてありがとう、助かりました」


 こちらからも手当のお礼を言うと、一目惚れした彼女と向かい合って座って話を出来ているというこの現状に対して舞い上がりそうな心持でいた。

 とはいえ、こんなことでもなければ関わり合いになんてなれなかった二人は、この場で話すようなことも無く、沈黙が二人の間を支配していた。

 しかし、このまま別れてしまうのは、2度と彼女と話せないのは嫌だとなんとか頭を回して会話を考えていた。

 その結果、口から飛び出たのは、


「本が好きなんですか!」


 という、あまりに勢いがありすぎて質問なのかも分からないような言葉だった。

 唐突に大きな声で、質問?をされた彼女は、豆鉄砲を喰らったかのようにきょとんとしていたが、すぐに好きだと返してくれた。


「そ、そうなんですね」


「貴方も、本が好きなんですか?」


 そして聞き返された言葉に、僕はなんと答えるかを一瞬迷った。

 本当はそこまで好きじゃないし、長時間読書をするというのが苦手なのだが、彼女との話の話題になる可能性があるのだし、好きだと言ってもいいんじゃないだろうか、と考えて、結果出た言葉は、好きです、だった。

 続けて何か口にしようとして、しかし実際には本をあまり読まないので例を出すことも出来ずに視線をあちこちに飛ばしていた僕の視界に、見覚えのある本が飛び込んできた。

 これ幸いとその本を手に取ると、


「この本とかいいですよね!」


 と話よ続けと願わんばかりに言葉を出した。

 その本は、小学生の頃に読書感想文を書くために読んだのだが、子供向けではない書籍だったのか少し難しく、また恋愛がストーリーに絡んでくる作品で、当時初恋もまだだった自分には共感もしにくいという内容ではあったが、今この瞬間のためにあの読書感想文はあったのだ、と言わんばかりに当時書いた内容を、何とか記憶の底から引っ張り出して、身振り手振りで話をした。

 彼女の反応を気にすることも出来ずになんとか精一杯、語るだけ語った後、ようやく彼女は動き出した。


「この作品の読者に逢えたの、初めてです!」


 どうやら、この本は世間的にはあまり受けなかったらしく、作者のネームバリューでかなりの部数が刷られたものの、実際には大失敗に陥った所為でこれまで彼女もこの作品について語り合うことが出来なかったらしい。

 そこからは彼女のマシンガントークを聞いていることしか出来なかったが、テンションの上がった彼女を目にするだけでも楽しんでいた僕は、帰りの遅い僕を心配する互いの親から連絡が入るまで時間を忘れて彼女の話を聞き続けるのだった。





 家に帰ってきて、自室のベッドに身体を放り出した姿勢のまま僕は、チャットアプリの新しい友達欄にある彼女の名前を見て、今日だけでも何度目かのにやけ顔をしながら、連絡先を交換した時のことを思い出していた。

 親からの連絡が来るまでずっと話していた彼女だったが、それでもまだ語り足りなかったようで、続きはまた今度話そうとチャットアプリでの連絡先を交換することにしたのだ。

 おかげで、今日限りの出会いにはならなかった僕は有頂天のまま帰路につき、そして今、彼女から入っていたチャットを見て、これから彼女と仲を深めることが出来たらいいと、未来に思いをはせて眠りにつくのだった。

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