おまけ

クリスマス・イブの夜に

「あーそう言えば、来週末はクリスマスだな」


 泰樹たいきはイリスたちの部屋で、緑茶をすすりながらつぶやいた。

 本来なら、泰樹の家と同じ2Kのはずの部屋は、シーモスが魔法で馬鹿デカく改造していた。入り口すぐのキッチンはそのままなのだが、居間に当たる6畳間は不思議な力で倍以上の大きさになっている。

 調度品はこちらで買った物らしく、モダンな印象。何だか高そうなソファに向かい合って座っているのは、今は泰樹とシーモスだけだ。

 今、イリスは『あちら』で仕事中。アルダーも、それに付き添っている。

 仕事帰りの泰樹は、おすそ分けの煮物を片手にやって来た。そんな泰樹に「有り難うございます。お礼にお茶でもいかがですか?」と、シーモスは申し出た。

 茶と共に、近所の菓子屋で買ったクッキーを差し出されて、泰樹は喜んでご馳走になることにした。


「タイキ様。クリスマスとは、いったい何なのでしょうか? 近頃良く耳にするのですが」

「ああ、えーと。こっち来るようになってクリスマスは始めてか。……元々は外国の風習でさ、12月の25日にケーキ食ったり、チキン食ったりして家族とか恋人とかで過ごすイベント。そんで年末だからさ、クリスマスにかこつけてセールとかやるんだよ」

「なるほど。商店街でも、セールをしてらっしゃいましたね。ケーキやチキンを食べるのはどうしてですか?」

「……なんで、なんだろうなー? 俺も解んねえ。ググってみるか?」

「そうですね」


 シーモスはそう言って、スマホを取り出す。この前発売されたばかりの新機種だ。泰樹も初めて見る。


「アンタ、また機種変したのか?」

「ええ。新機種はメモリ量が段違いですし、OSも新バージョンとなっております。これは買わない手は無いかな、と」

「……いつも思うんだけどさ、アンタはどうやってこっちの金、稼いでるんだ?」

「それは……秘密、でございます」


 まあ、あまり非合法な手段さえ取らなければ、泰樹は何かを言うつもりは無い。泰樹はふぅと息をついて、湯呑みをテーブルに置いた。


「……せっかくだから、クリスマスに何かやるか? パーティー、とか」

「それは、よろしゅうございますね。会場はこちらの部屋でよろしいですか?」

「そうだな。いつものように部屋、小さくしといてくれよ?」

「かしこまりました」


 詠美と子供たちには、シーモスが魔法を使えることも、イリスたちが魔の者であることも、伝えていない。

 家族はイリスは遠い国から来た留学生で、シーモスはお目付役兼お世話係。アルダーとおまけのイクサウディは、イリスの親戚や友人なのだと思っていた。


「なあ、パーティーにイリスは来れるかな?」

「今週末でしたら、イリス様はお休みのご予定です。問題ないかと」

「子供らがなあ。イリスがいないってなるとがっかりすると思う。まあ、俺もだけど」


 笑って付け加える泰樹に、シーモスは穏やかな微笑みを向ける。


「早速、イリス様にお知らせいたしましょう。メールを出します」


 シーモスのスマホは改造されていて、『地球こちら』から『フィレミアあちら』へとメールを送れるようになっていた。今の所、スマホを持っているのはイリスとアルダーだけで、『あちら』でスマホを流行させようと言うつもりは無いらしい。

 数分後、イリスから返事が来た。


『パーティー? うん! 良いよ! 参加する!!』


 イリスらしい文面は絵文字と顔文字が踊っている。彼も、すっかりメールでのやりとりに馴れたようだった。


「……そうだ。ああ、クリスマスにはプレゼントがつきものなんだ。子供にはとくに、サンタクロースってヤツがプレゼントをくれる。サンタってのは赤い服着た白いヒゲのじいさん」

「ああ、確かに。クリスマスセールのチラシにも、赤い服の人物がおりましたね」

「イリスたちにもプレゼント、用意するか。せっかくだからな」





 クリスマス・イブ。その日は朝から寒くて、珍しく白い雪が街に降った。

 土曜日、仕事が休みの詠美は昼からパーティー用のご馳走を作っている。

 泰樹も少し遅く起きて、子供たちとケーキとチキンを買いに行った。せっかくのパーティーなのだから、奮発して鶏の丸焼きを予約してある。


「父ちゃん、本場はチキンじゃなくて七面鳥なんだって!」


 年が明けて4月になれば5年生になる長女の美桜みおが得意げに、そんな事を言う。


「しちめんちょーってなーに? ねーちゃん!」


 弟の泰己ひろみは姉にたずねるが、美桜は「えーと、トリ?」と曖昧な返事をする。美桜も良くは知らないらしい。


「とーちゃんも七面鳥ってどんな鳥か知らねえなあ。美味いのかな? ま、チキンでもいいだろ。美味いし」

「でも、とーちゃん。イリスくんは外国の人だから、しちめんちょーでなくて良いの?」


 よくイリスに遊んで貰っている泰己は、心配そうにたずねてくる。


「ああ、イリスの住んでた所にクリスマスの習慣はねーしな。美味けりゃどっちでも喜んでくれるだろ」

「もー! 父ちゃんは美味いばっかり!」


 美桜がぷーっとほっぺたを膨らませる。

 最近、美桜はよく泰樹に腹を立てている。反抗期なのだろうか。少し寂しい。


「なんだ。美味いのは大事だろ?」

「そーだけど! ねえ、父ちゃん、イリスくんはどこの国から来たの? 私が習ったことある国?」

「……多分習ったことない国だ。島一つくらいの国で、行くのも大変だし、帰るのも大変なくらい遠い国」


 このまま、いつまで子供たちに真実を隠しておけるだろう。いつか、家族には本当のことを話さなければならないだろう。

 なぜ、泰樹があちらの世界に飛んだのか。なぜ、病院で目覚めたのか。シーモスをもってしても正確にはわかっていない。謎のままだ。

 シーモスは検証を続けるとは言っていたが、当人の泰樹は「ま、帰って来れたしな。細かいことはどうでもいいや」などと思っている。


「ほら、チキンが冷えないうちに帰ろうぜ!」


 雪は小降りになっている。夜までは持たずにもうじき止んでしまうだろう。

 両手にケーキとチキンをぶら下げて、泰樹と子供たちはご機嫌でアパートへ向かった。




 アパートの階段の前で、ダッフルコートを着たイリスが天を見上げてくるくると舞っていた。


「イリスくん!!」


 泰己はイリスの姿を見るなり、かけだしていく。


「ヒロミくん! スゴいね! スゴいね! お空から白くて冷たいのがいっぱい降ってくる!! 僕、初めて見た!!」


 イリスは興奮気味に、泰己に向かって腕を広げた。2人は抱き合って、きゃー!と黄色い声を上げている。


「イリスくんは雪、見たことないの?」


 美桜がたずねると、イリスは目を輝かせた。


「これが……これが雪?! うん! 僕の『島』では見たことない!」


魔法で天候を操作されている、『島』では雨が降ることはあっても雪が降ることはない。

 イリスは『島』で生まれ育った、生粋の『島』っ子。雪などは書物の中でしか見たことが無いのだ。


「もっといっぱい雪が降ったら、雪だるまとかつくれるんだけどなー」


 雪はまだ、積もるほどは降っていない。残念そうにつぶやいた泰己に、イリスは「雪だるまってなーに?」と、たずねている。


「ほら、子供ら、こんな寒いとこにずっといると風邪引くぞー。部屋に入れー」


 泰樹にうながされて、子供たちとイリスは「はあい!」と良い返事をして階段を上っていく。


「あ、イリス。5時になったらそっち行くわ。それまでに『用意』よろしく!」

「うん! シーモスに言っとくね!」


 

 しんしんと雪は降り積もる。夕方には止むかと思われていた雪は、夜になって強さを増した。この調子なら明日の朝は降り積もっていることだろう。交通は麻痺してしまうだろうが、日曜の朝だ。休める者は有り難く休ませてもらう。

 午後5時になって、泰樹は詠美えみと子供たちをつれて隣室をたずねた。

 ケーキとチキンと、持てるだけのご馳走とプレゼントを抱えて。


「ようこそー!! パーティーだよ! タイキ、エミ、ミオちゃん、ヒロミくん!」


 出迎えてくれたのは、三角のパーティーハットをかぶったイリスだった。もう準備はバッチリのようだ。

 居間に入ると、そこは6畳の大きさに戻っていた。畳敷きの床には高そうなじゅうたんが敷いてある。壁はキラキラした飾りが施され、そばの商店街で買ってきたらしい『メリークリスマス』と書かれた風船も浮かんでいる。


「ようこそ、カミモリ様方。準備は整ってございますよ」


 シーモスは白いローテーブルに、グラスを並べていた。その横で、アルダーはふかふかなクッションを並べている。


「シーモスさん。お招き有り難うございます。これ、どうぞ召し上がって下さい」


 詠美は、可愛らしいオードブルを並べた皿を差し出す。


「これはこれは、エミ様。有り難うございます。私どもからはこれを」


 シーモスが差し出したのは、ビンに入ったワインらしき液体だった。ラベルは貼っていない。多分『あちら』の酒だ。


「酒?」

「ええ。桃の果実酒です。甘口でエミ様にもお気に召していただけるかと。お子様方にはこちらのフルーツジュースを」


 シーモスはもう一本ビンを取り出した。それには、オレンジ色の液体が入っている。


「ありがとよ。家からは、さっきのと、ケーキとチキン。それから詠美が鮭のグラタンとローストビーフ作ったから、それも」

「わー!! 僕、エミのお料理、大好き!」


 イリスはにこにこと笑って、料理をローテーブルに並べていく。


「プレゼントは料理の後か?」


 部屋の隅に詰まれたプレゼントの山を振り返って、アルダーが聞いた。


「そうだな。プレゼント、アンタたちの分も用意してあるから、受け取ってくれ。あ、そう言えば司書さんは?」

「あの方は『むこう』で仕事中だ」


 こちらは日曜日で休日だが、あちらは休みではないらしい。一応、イクサウディ用のプレゼントも用意してあるのだが。


「ま、仕事ならしかたねーな。じゃあ、始めるか!」




「かんぱーい!」


 なみなみと、酒とジュースを注いだグラスを触れあわせる。

 大人が5人と子供が2人。狭い部屋はもう、いっぱいになっている。


「いただきまーす!」


 子供たちとイリスは、声を合わせてそう言った。3人は早速、ご馳走を食べ出す。


「あーおいしいね! 特にこのグラタンってお料理、サイコー!」

「うん! サイコー!」

「イリスくん、家の母ちゃん、天才じゃない?」

「うん! エミはお料理の天才だね!」


 イリスと子供たちは、きゃっきゃと笑ってご馳走を食べている。

 泰樹と詠美とアルダーは、酒を飲みながら。人間の食べ物が苦手なシーモスは、申し訳程度にご馳走をつまむ。

 食事の合間に、子供たちが今年有った出来事をあれこれと発表した。


「じゃあ、ヒロミくん。今年一番うれしかったことは?」


 イリスの問いに、泰己は満面の笑みを浮かべる。

「……それはね、イリスくんがお隣にお引っ越してきたコトだよ!」

「ヒロミくんー! 僕もここに来られて嬉しい! タイキもエミもミオちゃんもヒロミくんも……大好き!」


 上森家を代表して、泰己とイリスはひしっと抱き合った。

 大人たちは、それを微笑ましく囲んでいる。

 満足するまでご馳走を食べ終えて、ケーキを切り分けた。イリスと子供たちは、喜んで完食した。


「ほら! ケーキ食い終わったら、プレゼントだ!」


 泰樹はポケットに突っ込んでいた、サンタ帽をかぶる。まずイリスと子供たちに、クリスマスカラーの紙でラッピングされたプレゼントを手渡した。


「ありがとう! タイキ!」

「父ちゃん、ありがと!」

「ありがとー!!」


 受け取った3人は、中身を見たくてうずうずしているようだ。


「開けていいぞ」


 泰樹が言ったとたんに、3人は包み紙を開いた。


「わあ!」


 イリスへのプレゼントは、温かそうな手袋。美桜へは発売されたばかりのゲームソフト、泰己へは合体ロボのおもちゃ。3人は目を輝かせて、自分へのプレゼントを抱きしめた。


「アンタたちには、これだ」


 泰樹はシーモスとアルダーにも、プレゼントを渡す。


「有り難うございます。開けてもよろしいですか?」

「うん」


 シーモスには軽い素材のひざ掛け、アルダーには瞳の色によく似合うマフラー。手作りの品では無いが、詠美といっしょに悩みながら選んだものだ。


「イリスは雪遊びの時、その手袋すると良い。シーモスは工房に篭もる時に使ってくれ。アルダーは、それならいつでも身に着けられるだろ?」

「うん! ねえ、ミオちゃん、ヒロミくん。明日雪で遊ぼう!」

「うん! 良いよ!」


 早速手袋を身に着けたイリスは、にこにこと子供たちを誘っている。


「軽いのに、とても暖かい……興味深い素材です」


 シーモスはひざ掛けを観察しながら、感心したようにつぶやいている。


「有り難う、タイキ」


 マフラーの感触を確かめるように頬に当てながら、アルダーがうれしそうに言う。


「……あ、あのさ。詠美には後で渡す、から」

「? え、なんで? ……って言うか、わたしにもあるの?!」

「有るに決まってるだろ! ……いつも、苦労ばっかりかけてごめんな」


 詠美に用意したのは、誕生石の指輪。仕事中にはつけられないような、可愛いアクセサリーだった。指輪を皆の前で渡すのも気恥ずかしくて、思わず隠してしまった。

 そんな泰樹たち夫婦を交互に見て、シーモスは柔らかな笑みを浮かべる。


「さあ、私たちからはこちらです」

「色々用意したから、もらってね!」


 泰樹はイリスたちが用意してくれた、プレゼントを受け取った。


「あのね! タイキ。僕からは新しいスマホケース、とお菓子、だよ!」

「おお! サンキュ! 丁度買い換えようかと思ってたんだー」


 イリスのプレゼントは、センスの良いアルミ製のスマホケースだった。


「俺からは、これだ。着ていると温かくなるというベストだ。モバイルバッテリーとやらにつないで使う。現場は寒いのだろう?」

「うん。こう言うの欲しかった! もう外は寒ーんだ」


 アルダーからは、ヒーターのついたベスト。


「さあ、私からはこちらでございます」


 シーモスの差し出した箱から出てきたのは、キレイな細工の小さな小ビン。中には何か液体が入っている。


「……? これは、なんだ?」

「私謹製の、……」

「いらない」


 泰樹は食い気味に、小ビンを返却した。怪しげな薬はいらない。うん。


「……せっかく、腕によりをかけたのに……」


 しょんぼりとうなだれるシーモスに、泰樹はじとりとした視線を向ける。


「……あのなあ。子供に説明できねーよーなプレゼントはいらねーんだよ!」




 子供たちにも詠美にも、3人からプレゼントをもらった。

 流石のシーモスも、詠美と子供たちにはまともなプレゼントを渡したので、ホッとする。

 子供たちが、習ったばかりのクリスマスの歌を合唱した。そのお返しに、アルダーが故郷の曲で新年に歌われていたと言う歌を口ずさむ。

 酒を飲み、ケーキをつついて、パーティーの夜は更けていく。今年一年の出来事を振り返り、思い出を確認し合う。

 イリスたちと出会ってから、彼らが『こちら』にやってきてからも。色々な事があった。それはしんしんと降り積もる、雪のように。重なっていく。今日も明日も。

 子供たちが眠気をうったえて、ようやく宴は終わった。




「……今日はありがとな」


 すっかり眠り込んだ泰己を抱いて、泰樹はイリスたちの部屋の玄関に立った。


「プレゼントもありがとうございます。イリスくんも、シーモスさんも、アルダーさんも」


 美桜の手を引いて、詠美は一礼する。


「うん。僕こそありがと! お料理、美味しかったよ、エミ!」

「私も楽しゅうございました。今度、『日本』での年越しの仕方などご教授下さい」

「ああ、『こちら』ではもうすぐ今年も終わりか。イリス、年越しはどうする?」


 アルダーがたずねると、イリスは小首をかしげた。


「うーん。どうせなら『こっち』で過ごしたいな。タイキたちと、新年の挨拶したい」

「それなら、家で年越しそば食うか? テレビでも見ながらさ。な、いいだろ? 詠美」

「家、狭いけど……それでもいいなら。大歓迎!」

「え、いいの?! 『トシコシソバ』ってなあに?」


 にこにこと大喜びで笑みを浮かべて質問するイリスに、泰樹と詠美は顔を見合わせて笑った。

「大晦日に年越しそばの実物みせてやるよ。家のはエビ天入りだ。美味いぜ?」


 ああ。腹は満腹で、心も満たされて。こうして、愛しい人びとと共にある時が過ぎて。


 ――ここに帰ってこられて、本当に良かった。

 泰樹は心底そう思うのだった。

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異世界に落っこちたおっさんは今日も魔人に迫られています! 水野酒魚。 @m_sakena669

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