最終話 最高だぜ!
いまでは、すっかり健康を取り戻して、泰樹は復職した。
相変わらず高い所を怖いとは思わなかったし、
一つ、変わったのは、用心深くなったこと。
命綱のチェックはしつこいほどに行うようになったし、無理は避けるようになった。
「泰さん、明日休みでしょー? これ、行きませんか?」
「んー。やめとくわ。酒あんま呑むなってカミさんがうるさくてさ」
同僚が誘ってくれる飲み会を断って、家路についた。今日も帰る。愛しのボロアパートへと。
泰樹が昏睡状態の間、家計は詠美が1人で支えてくれた。その分も、頑張って働かねーとな。事故前よりも、泰樹は張り切っていた。
「今帰ったぜー」
「おかえり! とーちゃん」
「おかえりー!!」
我が家の扉を開ける。飛びついてくる子供たちを抱き止めて、2Kの部屋に帰宅した。
「お帰りなさい、泰ちゃん」
台所でカレーを作りながら、詠美が振り返る。部屋に入る前から、このいい香りは鼻に届いていた。
「今日はカレーか! 最高だぜ!」
「ふふっ! お隣も今日はカレーだって言うから、うちもカレーにしちゃった」
泰樹たち家族の部屋は、2階の角部屋。6部屋あるアパートの隣は空き部屋だが、他の部屋埋まっている。
「隣? ああ、とうとう隣埋まったのか?」
「うん。今日、越してきたみたいよ。さっき挨拶に来てね、外国の人みたい。でもすごく日本語、上手だった」
「ふーん。外国の……留学生か何かか?」
「うーん。学生さんには見えなかったなーもうちょっと年上ね」
詠美と他愛ない世間話をしながら、「とーちゃん、ぶらさげて!」と、腕に飛びついてくる下のちびすけをどうにかかわした。下の子はもうすぐ7歳。今年小学生になって、流石に重たくなってきた。
泰樹は味見と称して、カレーをつまみ食いする。
「んー。美味い! やっぱかあちゃんのカレーが一番だな!」
「ありがと! もうすぐ出来るから、ちゃぶ台の上片付けてー」
「んー。ほら、おねーちゃんもちびすけも、片付けろー」
「えー! とうちゃんはやらないのー?」
「えー!」
子供たちが不服を言う間に、泰樹は手を洗う。子供たちのきゃあきゃあと言う声を聞きながら、ふっと笑みが漏れてしまう。やはり、我が家は楽しい。
「……やっぱ俺も、隣に挨拶に行った方が良いかな?」
「そうねー。これからお隣になるんだし……家、うるさいしね」
詠美は苦笑しながら、騒ぐ子供たちをたしなめている。ここはボロアパート。壁はそんなに厚くない。
「ん。じゃあ、飯前に行ってくる」
玄関で靴をはきかけた泰樹の背中に、詠美が声をかける。
「うん。シーモスさんに『引っ越し挨拶のお菓子有り難うございます』って、泰ちゃんからも言っておいて」
「……え」
――今、なんて、言った?
耳慣れた名前。でも、良くある名前ではない。泰樹は慌てて廊下に飛び出して、隣の部屋の戸を叩く。インターフォンがあることなど、頭の中から吹っ飛んでいた。
「おい! おい! 隣の
扉の内側で気配がする。外開きの扉が開かれる。
「タイキ!」
真っ先に飛び出してきたのは、イリスだった。相変わらず背が高い。だが、その頭に角は無い。イリスはそのまま、泰樹を抱きしめて、涙ぐむ。
「イ、リス!」
「タイキ様」
「……タイキ」
「シーモスとアルダーも?! な、なんで……!?」
――あれは、あの世界は、俺の夢では無かったのか。嘘だろう?!
だが、これは夢では無い。隣の部屋から出てきたのは、よく、見知った3人だった。
「タイキ様。私、あの『儀式』を解析いたしまして、世界の壁を越える術を編み出しました。それで、来てしまいました」
あっさりと明るい口調でシーモスが、言う。
「シーモスがタイキの所に行くって言うからね、僕もついて来ちゃった!」
イリスは相変わらず、楽しそうに笑う。
「イリス陛下が行くなら、護衛の俺も行かざるを得ない」
アルダーの表情は、心なしか柔らかだ。
「……夢、じゃ、なかった……」
呆然と泰樹はつぶやく。この、胸にこみ上げてくる感情は何だ。ああ、俺はうれしい。コイツらにまた会えた。また、会えた!
泰樹はぎゅっと、イリスを抱きしめ返す。
「あ、アンタ、王様稼業は良いのかよ!?」
「うん! 大丈夫! 戻ろうと思えばすぐにあっちに帰れるから。1年とちょっと頑張ったからね、何日かお休みもらったの!」
「私は、こちらの世界の調査をいたします。食べ物の他にも、何か素晴らしい技術を流行として取り入れたいと思いまして。パソコンの現物も手に入れたいですし」
「実はイクサウディ筆頭司書殿も一緒でな……あの方は、朝に図書館を探しに行ったまま帰ってこない」
積もる話は尽きない。1年以上、彼らと離れていたのだから。これからは、隣同士、いつだって会うことが出来る。
「これから、よろしくお願いいたしますね? タイキ様!」
END
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