うっかり女神トリージアの転生ミスで、読書本で戦う奇妙な世界に飛ばされたが俺はほぼ同人誌しか読んだことない件

帝国妖異対策局

ビブリオン王国

 東京都杉並区にある古書店「とか楽」。俺が子供のころからお婆さんだったお婆さんが一人で店番をしている古本屋だ。


 細長い店の奥にあるレジではお婆さんが、こっくりこっくり船を漕ぎながら転寝している。そのお婆さんの後ろの左右には暖簾があって、その左側の暖簾をくぐると外国の本や希少本コーナー、右側が成人指定のアレが沢山置いてある。


 俺がいつものように、お婆さんが寝ているタイミングを見計らって右の暖簾をくぐると、視界が激しい光で埋め尽くされた。


「あっ! すまぬ。読書に夢中で転移手順をすっ飛ばしてしまった。チートスキルを付与しておくから、異世界でも頑張ってくれ」


 俺は頭の中に響く若い女性の声に戸惑っていた。まずい。成人コーナーに入っているところを見られてしまったか!?


 だが激しかった光が収まったとき、俺の目の前に広がっていたのはエロ本や同人誌の山ではなく、ゲームやアニメでよく見る王様がいる広間の真ん中だった。


「なっ!? 異世界だと!?」


 驚く俺を無視して、トランプ絵札のようなコスプレをした王様が大仰に話を始める。


「ようこそ勇者の諸君、私はビブリオン王国の国王イキリオン。君たちは元の世界において優秀な読書家だったはずだ。この世界ではその知識が魔王を倒すための聖なる力となる。ぜひこの世界を救ってほしい」


 諸君? と聞いた俺が後ろを振り返ると、俺の他にも4人の日本人がいた。


「財務官僚、金賀大一。今まで読んだ本は一言一句全て覚えている」

「東大理Ⅲ二年、加地久美子よ。たぶん東大生の中では一番本を読んでいると思おうわ」

「ノーベル医学生理学賞受賞、脳科学者、偉井出翔だ。まぁ、専門分野の読書量については自身はあるよ」

「経済学者の藤間ケティよ。一応、私もノーベル経済学賞を貰ってるけど……まぁ、経済と哲学分野ならかなりの本を読んで来たわね」


 後ろにいる面々がそれぞれ自己紹介する度に、王やその周りにいる大臣たちが歓声を上げた。皆、手の親指とひとさし指で輪を作り、それを通して俺たちの様子を見ている。俺も真似してみると、指の輪を通した先にステータス画面が表示されていた。


「まさか禁断の呪術『エターナルゾーゼー』を有しておられるとは……魔族終わったな」

「これは! スキル『光の早読み』! 聖女様のスキルじゃないか!」

「おお、読書戦闘力500万! 凄い!」

「まさか幻の法術『アールダイナリジィ』、これが発動されて皆が投機に走ったら魔王どころか世界をも滅ぼしかねない!」


 そして最後に全員の視線が俺に集まる。


「あっ、俺? えっと……その、先月、会社が潰れちゃって……アルバイトの蔵元大樹です。読書は普通……かな? あっ、同人誌ならめっちゃ読んでますけど……エロいやつ……」


 その翌日、異世界から召喚された俺たち日本人は、一人ひとり資金と従者を与えられて魔王討伐へと旅立つこととなった。


 立派な装備に身を包み、派手な楽隊の演奏に送られて、誇らしげに王門を出て行く4人の勇者たち。従者も立派な騎士や魔術師といった者が一人ひとりの勇者に何人もつき従っている。


 そして俺はと言えば、


「ご主人様、そう気を落とされずに。私のような奴隷から見れば、一応とはいえ装備もお金も頂けたのですから、そう悪くないと思いますよ」


 ビブリオン王国が俺に与えたのは、僅かなお金と誰かの使い古しの装備、そして一人の奴隷だけだった。しかも、その奴隷ときたら中年のおっさん一人。こういうときって、幸薄気な美少女奴隷が定番じゃないのかよ!?


「誰かと比べてたら、いじけることしかできませんて! ほら、頑張って歩きましょう!」


 おっさん奴隷が励ましてくれたが、俺はずっとトボトボしたまま王都を出て行った。だってさ、


「「「「「読書戦闘力0? このゴミめ!」」」」」


 俺が自己紹介のときに広間の全員からディスられたこのトラウマは、もう一生消えないと思う。


 その後、勇者たちは各地で大きな成果を上げ続け、その名声は大陸中へと広がっていく。


 この世界での戦闘はビブリオバトルというシステムの上で行われている。その人の読書量やそこから得た知識を戦闘力に変えて戦うというものだ。ただ読書戦闘力0の俺は殆ど逃げることしかできなかったのでそれほど詳しくない。


 遠くから戦闘の様子を見たことはある。派手な演出や掛け声の激しさに、俺は中学時代の黒歴史トラウマを刺激されて悶えさせられたよ。


 一方で俺は何をしていたかというと……


「はい。毎度ありぃ!」


 魔王国に最も近い都市「カンダーラ」で商売をしていた。


「おぉ、今月の新刊楽しみにしてたんだよ!」

「ねぇねぇ、ふわとろキャット先生の『幼馴染は鬼娘』全巻チョーダイ!!」

「……あの……あのエロドゥーガを下さい!」


 魔族からも人からも、ただひたすら逃げ続けるだけだった俺は、あるとき自分が『光子メディアクリエイション』というスキルを持っていることに気が付いた。


 これは対象となる媒体――紙でも板でも何でもいい――に、俺が元いた世界にあったメディアを翻訳付きで再生する力を一定期間付与するものだった。それだけではない、この付与するスキル自体も他人に一定期間付与することができた。


 それまで草の根を齧るような生活を続けていた俺たちは、このスキルを使って金儲けを始める。奴隷のおっさんが凄まじい経営能力を開花させ、瞬く間に俺たちは超がいくつも付くほどの大金持ちとなった。


 そしてついに、カンダーラで最も魔王国に近い広大な空き地を買い取って、アキーバという俺たちの街を作り上げるに至った。


 毎日、鬼のように忙しい日々を送るうちに、レベルアップした『光子メディアクリエイション』はついにスマホと同等の機能を媒体に付与することができるようになる。


 それがもたらすであろう戦略的変化を、最初に気付いたのは魔王だ。ビブリオン王国と勇者たちはといえば、俺のことを完全に忘れ去っているようで、俺が魔王軍と接触しても誰一人として気に掛けることはなかった。


「蔵元よ、こうしてみると、魔族と人との共存というのも存外夢物語ではないのかもしれんな」

 

 当初、魔王や幹部たちにひたすら『人外娘とのいちゃらぶ系』作品を提供し続けた。「人ごときがモン娘ハーレムなどと怪しからん」と言って眉をひそめていた幹部たちも、「逆パタンの作品も沢山ありますよ?」とそれ系のものを勧めたら全員が喰いついた。


 そうこうするうちに、魔王は魔王領に西アキーバの街を作る許可を出してくれた。こうして魔王国と王国の間に東西アキーバという人間と魔族が混雑する不思議な地域が誕生する。


 だが『光子メディアクリエイション』の戦略的価値を理解し、俺たちから積極的な協力を引き出すことに成功した魔王国は、一気に科学と文化のレベルを超がつくほど引き上げることに成功する。


 今では、多様性を尊重して魔族と人が共に成長し続ける未来を見ている魔王国に対して、ひたすら人間至上主義に凝り固まるビブリオン王国という構図が出来上がった。


 ひたすら魔族を残酷に狩り続けるビブリオン王国に対し、大陸中の人々が非難の目を向け始めると、勇者たちへの評価もだんだんと厳しいものに代わり始めていく。


 一方、魔王国は俺たちを上手に活用して、その恩恵を大陸の他の国々にも提供するようになり、その勢力を拡大していった。


 勢力が拡大するにつれ、人間至上主義に凝り固まったビブリオン王国はますます先鋭化し、とうとう他の国々から危険視されるようになっていく。


 そして今では、魔王国が実質的になんとなくゆるやかな感じで大陸の覇者となっているのが現状だ。今の魔王国は別に領土の拡大を図るわけでもなく、覇権を唱えてもいない。


 ただ、魔王国には大陸一の豊かで最先端の文化があって、なんとなく自然に誰もが憧れる国となっていた。


 ビブリオン王国はと言えば、近隣諸国に「勇者を派遣するぞ!」と脅しては支援金をせしめる程度の国に落ちぶれたとさ。


 俺?


 俺とおっさんは、今でも毎日忙しい日々を送っているよ。まったく! 大陸一の大金持ちになっちゃったら、悠々自適に楽して暮らせると思ってたのに!


「ご主人様! ボーンズ王国から建国神話のアニメ化の件で、進捗状況を知らせて欲しいとの催促が!」

「あと三か国待ちだって伝えといて!」

「魔王国から、ふわとろ先生の新作についての問い合わせが!」

「あとにしてくれ!」


 忙し過ぎる!


 今は東西アキーバは統一されて、その全てが魔王国領内にある。アキーバの価値が理解できなかったビブリオン王国は、早々に東アキーバの領土を金塊の山と引き換えに魔王国へ売り渡してしまっていた。


 その後、ビブリオン王国は得られた金塊の何百倍もの価値を生み出すアキーバを見て愕然とすることになる。そのアキーバの領主が、かつて自分たちがゴミと蔑んだ勇者だと知ったビブリオン国王イキリオンは卒倒して倒れてしまったとか。


 ビブリオン王国を大陸の覇者にしたかもしれない勇者をぞんざいに扱い、結果的に魔王国を覇者にしてしまうという事態を招いてしまったイキリオン王は、その無能振りを貴族だけでなく国民からも猛烈に批判され、強制的に退位させられた。


 俺以外の勇者たちについては、よく知らない。


 元奴隷のおっさん――今ではアキーバを実質的に回している辣腕の領主補佐――によると、俺たちの子会社のひとつで働いている奴もいるらしい。


 俺はといえば、彼らからゴミ扱いされたくらいの付き合いしかない。だけどまぁ、同じ世界からきたよしみだ。元気でいるのなら、それはそれでいいさ。


 そりゃ昔はざまぁ展開とか期待していた時もあった。けど今ではそんなことより遥かに楽しい事が多すぎて、忙しすぎて、正直どうでもいい。


「魔王国王都からドラゴン娘48の皆さんが飛来しております。表敬訪問を兼ねて蔵元様に新作ビキニアーマーを見て欲しいとのことですが、キャンセルしますか?」

「今すぐ行く!」


 俺は山のように積み上がった書類を放りだして、執務室を飛び出した。


~ おしまい ~


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うっかり女神トリージアの転生ミスで、読書本で戦う奇妙な世界に飛ばされたが俺はほぼ同人誌しか読んだことない件 帝国妖異対策局 @teikokuyouitaisakukyoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ