お嬢様の変わった条件ー本屋ー

MACK

* * *


「まるでかぐや姫ですね」

「無理難題を出した訳じゃないわよ」


 品の良い白ブラウスに、上品で清楚な黒いひざ丈スカート。華道や日本舞踊を嗜む手前、それに見合う見目を取り繕うための真っすぐな黒髪。

 瑠璃子るりこ本人の趣味も好みも無視され、令嬢に相応しい見てくれを勝手に整えられる毎日だが、世間知らずの自覚はあって、闇雲に飛び出す勇気もないままに、こうやって素直にお人形になっている。

 

 そんな彼女だったが、いつまでもお人形ではいられない事態が発生したのは一昨日のこと。突然父が釣書を五通、持って来た。


 戦後に解体されたとは言っても、かつては大財閥の家系。三代遡れば皇族の血筋もあるという由緒正しき家の一人娘が婿を取るとなれば、家の当主である父の意向には逆らえない。


 せめてもの抵抗に「私は本屋を用意出来た方と添いたいと思います」と、条件を付けた。

 

 溜息をつきソファーに沈めば、執事の彼は手際よく茶の準備を始める。

 かちゃりかちゃりと、小さく聞こえる陶器の音は聞き慣れた心地よさだ。この後はお気に入りの銘柄のかぐわしい紅茶がテーブルに出されるのだろう。

 気が利く彼は瑠璃子るりこより三歳年上なだけなのに、妙に落ち着き払っていて、喋り方も言葉選びもまるで本家のじいやのようだと彼女は思う。出会い、一緒に暮らし始めた頃はお互い一桁の年齢だったというのに、彼は昔から変わらない。この距離感も。


「しかし本屋とは。お嬢様が読書を嗜まれるとは存じ上げませんでした」

磯部いそべが気付いていないだけ」

「五人の候補の方は、どなたも富裕ですから、一人ぐらいはお好みに添えるかもしれませんね」


 カップを置く彼を見上げながら瑠璃子るりこは、気づいて欲しいと必死の視線を送った。


 「本」とは、物事のはじまりのこと。

 「屋」とは住まいのことだ。


――あなたがはじめてくれれば、達成なのよ。


 彼女は切実に、彼にしか用意できない本屋の完成を待つ。


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