あなたの運命の本、お探しします。

無月弟(無月蒼)

第1話

 その本屋を見つけたのは、偶然だった。


 あの日私は、珍しく外出していた。

 中学校は不登校。もう何日も引きこもり生活を送っていたけど、どうしても外せない用事があったから。

 短い時間外に出るだけ。さっと行って帰ってくれば、出た時とと変わらない家が待っている。そのはずだったのに。


 用事をすませた帰り、道の向こうからこっちに歩いてくる一団がいた。

 見覚えのある制服と見覚えのある顔。それを見て、咄嗟に横道に進路を変えたの。


 そっちに用事があったわけじゃない。今まで通った事の無い、とても細くて狭い小道。

 こんな道、本当なら一生通ることはなかったかもしれないけど、前から来ていた彼女達と顔を合わせるのだけは避けたかった。

 だって私は、あの子達のせいで学校に行けなくなったんだから。


 一年生三学期。私は急に、クラスでハブられるようになった。

 クラスのリーダーの女の子が、私の事が気に入らないのだとか。

 どうして気に入らないのかなんて知らないし、知りたくもないけど、とにかくそれがきっかけで、私は学校で居場所を失い、二年生になった今でも不登校が続いている。


 ちょっと出掛けただけなのに、まさか出くわすなんて思わなかった。

 顔、見られてないよね? 気づかれてないよね。


 悪いことをしたわけでもないのに、必死になって逃げる。

 それにしてもこの道、どこに続いているんだろう? 今までこの町に住んでいたのに、こんな道があるなんて全然知らなかった。


 不思議に思いながら進んでいたけど、しばらくして急に開けた場所に出た。

 そこは高い建物に囲まれた空間。そしてその中央には、築何十年かわからない古い木造の建物が、ポツンと建っていた。


 後ろを振り返ってみると、さっき見かけた同級生達は影も形もない。

 良かった。私に気づかなかったのかな。


 そしてほっとすると今度は、目の前にある建物に興味がいった。


 あれは……本屋?

 よく見ると、なんとか書店という看板がある。もっともだいぶ古くて、『書店』の前の文字は見えなくなっているけど。


 別に本屋なんかに用はない。そのはずなのに。

 気がつけばなぜか吸い込まれるように、私は本屋の戸を開けて、中へとは言っていった。


 そこはまるで、時代に取り残されたような本屋。

 店内は薄暗いけど、ズラリと並んだ棚に納められた本は、どれも意外と新しそう。

 そして……。


「いらっしゃい」


 入ってすぐの、レジの所に一人。

 私と変わらないくらいの歳の男の子が座って。膝に黒い猫を置いて、本を読んでいた。


 今いらっしゃいって言ったけど、この本屋の人? もしかして、店番してるのかな……。


「なに? 人の顔じろじろ見て」

「ご、ごめんなさい。わ、私。道に迷ってここに来ちゃったんだけど」

「あっそ。まあせっかく来たんなら、何か買っていけば? 人生を変える一冊が、きっとあるはずだから」

「人生を変える一冊?」


 そんなオーバーな。本当にそんな本があるなら読んでみたいけど、あるはずがない。

 だけど彼はニコリともせず、じっと私を見る。


「信じてないね。けど、本当にあるから。だってここは、運命が交わる場所にある本屋だからね。ちょっと待ってて」


 そう言うと彼は奥へ行って、何かを探し始めたけど、運命が交わる場所?

 何だか変な人に捕まっちゃったのかも。放っておいて帰ろうかとも思ったけど、それも失礼だろうし……。

 そうこうしていると、彼は一冊の本を手に戻ってきた。


「あったよ。これが君の、運命を変える一冊だ」

「これって、漫画?」


 それはたぶん、昭和の頃の漫画。運命を変える一冊なんて言うからどんなのかと思ったけど、漫画って。

 だけど彼は、有無を言わさずそれを押し付けてくる。


「はい。千円にまけておくよ」

「ちょっと、私買うなんて言ってない……と言うか、千円って高くない!?」

「それはプレミアがついてて、普通なら千円なんて大破格なんだ。たった千円で運命が変えられるのなら、安いと思うけど?」


 何それ。こんなの、酷い押し売りじゃない。

 だけど突っ返して怒らせちゃっても怖い。千円は勿体無いけど、それでサヨナラできるなら、その方がいいのかも。


「わかった、千円ね。はい」


 渋々お金を渡すと、彼の膝の上の猫が「毎度あり」とでも言いたげに、ニャ~っと鳴く。


「ありがとうございました。君の運命に、光がありますように。ミナヅキ・カエデさん」


 彼はまだわけのわからない事を言ってるけど、私は本を手に逃げるように店を出て行った。

 って、あれ? 私あの人に、名前言ったっけ……まあいいか。


 今日はついてない。嫌な奴と会ったと思ったら、変な男の子にかつあげ同然に本を売られて。

 出掛けるんじゃなかった。


 しょんぼりしながらまたあの狭い道を通って、とぼとぼと家へと帰っていく。



 だけどその日の夜。ご飯を食べてお風呂に入って、後は寝るだけってなった時、目に止まったのは、昼間買わされたあの漫画。

 せっかく買ったんだし、読まないのは勿体無いよね。


 面白くないかもしれないけど、とりあえず開いてみたけど……。


「何これ、面白い」


 読みはじめてすぐに、ページをめくる手が止まらなくなった。

 それは今までに見てきたどの本、映画、ドラマよりも面白い、人生最高の物語。あの男の子はこれを、運命を変える一冊だって言っていたけど、それがオーバーとは思えないくらい、心に刺さった。


 これからどうなるの? もっともっと読みたい。

 だけど物語は、中途半端なところで途切れてしまう。

 だってこれは、複数ある漫画の一巻目。それを読み終わってしまったからだ。

 生憎私が買ったのは一巻だけ。続きを読みたかったら二巻以降を買わなきゃいけないけど、そのためには……。


「またあの本屋に、行かなきゃダメだよね」


 私はため息をつきながら、パタンと本を閉じた。



 ◇◆◇◆



 一夜あけて次の日。昨日よりも少し早い、多くの中学生はまだ学校に通っている時間。

 私は昨日の本屋を、再び訪れていた。


「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思ってたよ。お探しの品はコレかな」


 昨日と同じレジの横に、黒猫を膝に置いた男の子が、お目当ての漫画の二巻をひらひらさせている。


「そう、それを買いにきたの。ちょうだい」


 手にした財布を、ぎゅっと握りしめながら言う。

 何せ昨日は、千円もとられたんだ。今度はいくらふっかけられるか分からないから、お年玉の残りを全額財布に入れてきた。

 すると彼は、ニヤリと笑いながら言う。


「お金いらないよ。ただし一つだけ、条件がある」

「条件?」

「そう、君にはこの、運命書店で働いてもらいたい」

「はぁ!?」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 働くって、バイトしろってこと? と言うかここ、運命書店って名前なんだって、どうでもいい事を考えてしまう。


「働くって、店番とか、レジ打ちとか?」

「そうじゃなくてね。実は……」

「ここから先は、ボクが説明するニャ」


 ……へ?


 突然聞こえた、可愛らしい声。それは座っている彼の、膝の上から聞こえてきたのだけど……。


「はっはっはっ。驚いたかニャ?」

「──っ!? ネ、ネコが喋った!?」


 見れば彼の膝で丸くなっていた黒猫が、おかしそうにニヤニヤ笑っていたのだ。


 ネコが喋るって、私夢でも見てるの!? それとも幻聴!?


「シオリ、ややこしくなるから、黙ってろって言ったろ」

「メグルくん、何を言うニャ。ここは普通の本屋じゃないってわかってもらうためには、これが一番だニャ」


 メグルくんと呼ばれた男の子と、シオリと呼ばれたネコが普通に話してる。

 ということは、幻聴じゃないみたい。


「実はねカエデちゃん。ここは運命を変える本と出会うことのできる、不思議な本屋なのニャ」

「運命を変えるって。そういえばそっちの……メグルくんだっけ? 昨日同じことを言ってたような。と言うか、どうして私の名前を知ってるの?」

「簡単ニャ。カウンターに置いてある本を見てみるニャ」


 言われてカウンターに目をやると、そこには一冊の本があって。タイトルは……水無月 楓!? 私の名前じゃん!

 するとメグルくんが、その本を手に取る。


「これは君の辿る運命について書かれている本。君に限らず、世界中の一人一人について書かれた本が存在しているんだ」

「私について書かれてるって。そんなまさか」

「本当だよ、水無月楓さん。木上第二中学の二年生、いじめにあって、現在は不登校。これ全部、この本に書いてある事だよ」


 信じられない。そんな不思議なことがあるなんて。

 だけどネコが喋った時点で不思議だし、信じられない反面、もしかしたら本当なのかもって気持ちも少しあった。

 でも待って。彼らが言っている事が本当だとしたら。


「じゃ、じゃあここが、普通の本屋じゃないってのは分かった。けどそこで、私はどんな手伝いをしたらいいの?」

「簡単だよ。ここに訪れる人にピッタリの、運命を変える本を探すのを、手伝ってほしいんだ」

「あの、そもそもその、運命を変えるっていうのは何なの?」

「そこからか。聞いての通りだよ。本の中には、人の運命を変えるだけの力を持ったものがある。例えば引きこもりの君が、昨日買った本の続きを求めて家を出て、来たくもない本屋に足を運んだ。これだって、一昨日までの君なら信じられないことじゃないの」


 確かに。悔しいけど、漫画の続きを読みたいからって理由で外に出たなんて、今までの私じゃ考えられなかった。

 けど、運命を変えるって割には、なんかしょぼい気がする。


「運命を変えるって、こんなものなのかって思った? けど、このきっかけが大事なんだよ。たった一冊の本との出会いで、その後の運命が大きく変わることがあるってこと。けど生憎、どの本を読ませればどんな風に運命が変わるかは、僕も完全にはわからないんだ」

「そうだニャ。例えば昨日、楓ちゃんに渡した本次第では、その内容に感動して学校に行くようになっていたかもしれないし、私もこんな本書けるようになりたいって、作家の道を志していた可能性もあるニャ」

「読む本次第で、運命は大きく変わる。だからどの本を選ぶのかが重要になってくるんだ」


 なるほど、言いたいことは何となく分かった。

 けどと言うことは、私がしなければいけない手伝っていうのは。


「ひょっとしてこのお店に来るお客さんに買わせる本を、選ぶ手伝いをしろってこと?」

「正解ニャ。こういうのって、なるべく多くの人の意見が必要ニャんだけど、ニャにぶん人手不足で、猫の手も借りたいんだニャ」


 猫がそれを言うか!


「嫌とは言わないよね。もし断ったら漫画の続き、ヤギにでも食べさせようかな~」


 メグルくんは意地悪そうに、漫画をひらひらさせる。

 ぐぬぬ。漫画を人質に取るなんて卑怯! けど、続きは読みたい。悔しいけど、本当に読みたくて仕方がないの。

 普通ならこんな悪魔との契約みたいなことなんてゴメンだけど、断るなんてできなかった。


 たかが漫画のために、おかしいって? 自分でもそう思うけど、それだけの中毒性があの漫画にはあった。

 もしかしたら私は既に、逃れられない運命に足を突っ込んでしまっているのかも。


「……分かった。お仕事手伝うよ」

「本当? よし、契約成立!」

「あ、でも一つだけ教えて。どうして私なの? 他の人に手伝わせようとは思わなかったの?」


 私を選んだのには、何か理由があるのかも。すると。


「簡単ニャ。この店を訪れるお客さんの中から、誰かを雇おうって話にニャったんだけど、楓ちゃんが一番、チョロそうだから選んだんだニャ」

「チョ、チョロそう!?」

「そうニャ。本を人質にすればすんなり言うことを聞いてくれそうだって、メグルくんが言って……」

「こらシオリ、正直に言うやつがあるか。こういう時はもっともらしい理由を言って、その気にさせるべきだろ」


 こ、コイツら~!

 本当に悪魔と契約しちゃった気分だよ。こんなんで本当に、やっていけるのかなあ。


「まあ、仕事内容はおいおい説明していくけど……おっと、早速お客さんが来たみたい。いらっしゃーい」




 ……こうして私は、この変な男の子や黒猫と一緒に、働くことになりました。


 ここは不思議な本や、運命書店。

 あなたの運命の本、お探しします。

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