最終話 新たな旅立ち

「で、でも、破壊するって」

「それを今、ここで見せてやろう」

 戸惑う鈴華に、砂明がにやりと笑う。

「拙い」

 すぐに奏刃が反応する。砂明に向けて刀を振るうが、あっさりと躱されてしまう。

「くっ」

「ははっ。お前の太刀筋は見やすいな。まったく、よくそれで奏呪が務まるものだ。どれだけ奏翼に頼っていたんだ」

 砂明はくすくすと笑い、そしてすぐに奏翼に距離を詰める。

「くっ」

 しかし、奏翼は後ろにいる鈴華が気になって避ける動作が出来ない。

「さあ。見せてあげてください。あなたが化け物であるということを」

「駄目っ」

 しかし、鈴華はそこらの姫君とは一味違う。奏翼の、蒼礼の危険にすぐに反応した。蒼礼の腕を掴むと、そのまま後ろに倒した。

「うおっ」

「おやっ」

 砂明が奏翼に取り付けようとしていた札は空を切り、奏翼はそのまま後ろにどんっと尻餅をつく。その間に鈴華が奏翼を引きずって砂明から距離を取らせる。

「まったく、本当にじゃじゃ馬ですね」

「お前が言うな」

 鈴華に呆れる砂明に、奏刃がその間に刀を打ち込む。しかし、それも難なく躱されてしまう。だが、奏翼との距離が出来た。

「お前ら」

 驚く奏翼に対し

「この十年でその術を抑える術は見出せていないのか」

 奏刃は奏翼を守るように立ちながら訊く。

「いや」

 しかし、奏翼は無駄な十年を過ごしただけだと首を横に振る。それだけでなく、ちりちりと首筋が痛んだ。これはこの身に宿る術が反応している証拠だ。このままでは、どこで暴走するか解らない。

 だが、ここで暴走すれば奏呪が自分を殺すべく動くだろう。奏刃が魂を縛っていることから、破壊活動が始まったところで奏翼の自我を殺せるはずだ。

 それに気づいて、どこかでほっとしてしまった奏翼だ。もう自分一人で抑え込まなくてもいい。ここには、その暴走を止めるだけの力がある。

「俺は」

 もう一人じゃない。

 それだけではなく、陽家も月家も関係ない場所にいるのだ。

「えっ」

「なっ」

「おやおや」

 奏翼が安心した時、奏翼の身体から煙が出始めた。

「これは?」

 その変化に驚いたのは奏翼だ。しかし、これが悪いものではないことは、変化を受けている自分がよく解る。

「まさか、俺がきっかけで解呪の方法が見つかってしまうとはねえ」

「えっ」

 砂明の言葉に、奏刃はどういうことだと睨んだ。しかし、遊べなくなったらその対象に興味がなくなるのが砂明だ。

「じゃあね。せいぜい、手放さないように」

 砂明はそう言うと、最初からそこにいなかったように消えてしまった。その早業は奏呪の誰にも出来るものではなく、あちこちに現れたという幽霊のようだった。

「一体、何だったんだ」

 やがて身体から煙が収まり、術さえも感じれなくなったことに、奏翼自身が戸惑ってしまう。

「もう、悩まなくていいってことだよ」

 それに鈴華が良かったとほっとし、思わず涙が零れる。

「おいおい」

 驚いて奏翼が、蒼礼としてその目の涙を拭うと、ぽっと光に変わった。そしてそれは二人を包み、そのまままた、光は唐突に消える。

「まったく」

 それに奏刃は意味に気づいて舌打ちすると

「おい、奏翼」

 ぞんざいに呼びかけた。

「な、なんだ」

「お前の術が解呪されると同時に、私が必死になって掛けた術も無効化してしまった。これから、どうやってお前の動きを信じればいいんだ?」

 と意地悪く問いかけた。

「えっ、そ、それは」

 もう逃げる意味はないのだが、奏呪に残る意味もなくなったということだと気づき、奏翼は、蒼礼は戸惑う。しかし、このまま放り出して逃げるのも、何かが違う。

「俺は奏呪であり続けるよ」

「蒼礼!」

 それに異議を唱えるのは鈴華だ。どういうつもりだと、睨み付けてくる。それは自由になったのだったら、この国を整えることに力を尽くしてほしい。そう思っているのがありありと解る顔だ。

「ええっと」

「では、こうしよう。私と結婚してくれ」

「はあっ」

 戸惑っていると、さらに奏刃が爆弾発言を投げて来て、奏翼は思い切り目を剥いた。それから

「お、お前を女扱いするなんて」

 と言ってしまい、思い切り奏刃に頭をど突かれる。

「馬鹿、冗談だ」

 奏刃はそう言って奏翼から目を離したが、お前はどうすると鈴華を挑発するように見て笑う。その顔は砂明の挑発する時とそっくりだった。

「では、私と結婚しましょう」

 それを受けて、鈴華が蒼礼の胸倉を掴み、そう宣言する。

「はあっ」

 これにも奏刃に対するのと同じ反応を返してしまったが

「私、虎一族の棟梁になったの」

 そんな蒼礼に向けて、きっぱりと宣言する。

「なっ」

「だから、あなたは私を監視する必要があるでしょ」

「……くくっ、これは傑作だ。虎一族という足枷があるのならば、私はお前を信じるしかないな」

「おいっ」

 蒼礼が嵌められたと気づいて大声を上げると、女子二人はくすくすと笑い始める。それに、奏翼は、いや、蒼礼はやれやれと苦笑するしかないのだった。




 それから一年経って――

「蒼礼。ちゃんとして」

「はいはい」

 龍西州にて。蒼礼は大きな籠を背負いながら鈴華の後を追う。しかし、その顔は最初に旅立った時とは違い、憂いというものはない。

「まったく」

 今、蒼礼は奏呪の立場にあるが、ここ龍西州の州牧尹でもある。よって、この龍西州の行政改革を指揮する立場にあるのだ。それを、虎一族の棟梁たる鈴華とともに進めている。

「他の地域の見本になる仕事をしなきゃいけないのよ。とっととやって」

「はいはい」

 しかし、ここの現場監督はどう考えても鈴華だ。そして、今の形は鈴華がはじめ、蒼礼に頼んだことでもある。結婚云々はあの日以降は有耶無耶になってしまったが、彼女は自らが望む方向に、国を守るために蒼礼を動かしている。

「この国を救え、か」

 一年前は絶対に無理だと思ったことだった。しかし、今は鈴華と一緒にいれば、どんなことも出来てしまう気がする。

「まったく、困った姫君だな」

 蒼礼は、そんな言葉とは裏腹にくすりと笑うと、すでに農民たちと打ち合わせを始めた鈴華の背中を追い掛けたのだった。

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龍河国呪術物語~最恐の呪術師~ 渋川宙 @sora-sibukawa

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