第40話 雲隠れの理由
「そう。私が欲しいのは奏翼です。ダニなんてまどろっこしい手段を使ったのも、この国に再び混乱を起こそうとしたのもそのため。しかし、ただ手に入れるだけでは面白くないんですよ。だって、彼は陽家の血を継ぐ唯一の人間ですからね」
「陽家」
聞いたことがない家名に、鈴華は顔を顰める。それに砂明が何か答えようとした時――
「これは」
「くっ」
二人の身体が急に何かに引っ張られるように浮き上がる。
「えっ、な、なんなの?」
砂明の術のせいで寝ころんだまま浮き上げっていく自分の身体に、さすがの鈴華も慌ててしまう。しかし、ぐいぐい身体が持ち上がり、どうすることもできない。
「ここであなたと待ち構えていれば、いずれ奏翼が来るとは思っていましたが、これは予想外ですね」
この展開に砂明も戸惑っているようだ。しかし、何が起こっているかは理解しているらしい。
「こ、これ、何なの?」
「そのまま抵抗せずに」
「えええっ」
抵抗せずにってどういうことと思った瞬間、二人の身体はぽっかりと天井に出来ていた真っ黒な穴に吸い込まれたのだった。
「反応が二つあるぞ」
「どういうことだ? まさか、紫礼と砂明が手を組んでいるのか」
術式を開始して、反応があったことは現状打破という点では喜ばしい。しかし、二つ反応があるというのが不可解だ。奏翼も奏刃も、どういうことだと顔を顰めると同時に、迎え撃つ準備に入る。
「来るぞ」
「ああ」
二人が札と剣を手に祭壇から少し距離を取った瞬間――
「きゃあああ」
まず聞こえてきたのは女の悲鳴だった。おかげで、奏翼と奏刃は顔を見合わせる。紫礼も砂明も男のはずだ。
「ははっ。まさかど真ん中に呼んでいただけるとはね」
しかし、次に聞こえてきた声でハッとする。
「砂明だ!」
奏刃が素早く反応した。そして、声がした方へ札を投げる。だが、その札は術を発動することなく真っ二つに破れてしまう。
「純粋な術で俺に勝つなんて百年早いよ、葉明。たとえ君が今、奏呪の長官だろうとね」
声とともに空間に飛び出してきたのは砂明だ。それに続いて
「鈴華?」
ふわりと浮かび上がった人物に奏翼は驚き、そして地面に叩き付けられる前に抱き留める。
「や、やあ」
がっちり胸に抱き留められて、鈴華は頬を赤くしつつも、出来る限り普通を心掛けながら挨拶をする。
「やあ、ではない。お前は何をやってるんだ?」
奏翼は呆れつつ、虎の姫らしく美しく着飾った鈴華に会えたことに、少しほっとしている自分に気づく。しかし、今はのんびりしている場合ではない。
「奏翼の術に虎の姫が引っ掛かったのは予想外だが、目的の人物も釣れたようだ」
奏刃はすでに刀を構えて砂明と間合いを取っていた。しかし、砂明は道士服の袖に両手を突っ込んだまま、意味深に笑うことしかしない。
「なぜ、この国中にダニをばら撒いた? 同時に幽霊騒動などという訳の分からないことを起こしたのは何故だ?」
にやにやと笑う砂明に向けて、奏刃は鋭く問う。その砂明は奏翼に目を向けると
「体調はいかがですか?」
と訊ねた。
「何だと?」
奏翼は鈴華を背中に庇いながら、何を考えていると顔を険しくする。
「あなただって自分の身に掛かっている呪いには気づいているんでしょ。俺がこうやって騒乱を起こすまで、身体が相当怠かったのではないですか」
「えっ」
「ど、どういうことだ?」
驚きの声を上げたのは鈴華と奏刃だ。そして奏翼はというと、ぎりっと歯を食いしばっている。
「あなたが山に逃げたのは、単純に奏呪が嫌になったからなんてものじゃない。戦乱がなくなり、自分の居場所がなくなったからじゃない。陽家が最後に施した呪。この国そのものを呪う術を発動させないためだ」
砂明が、自分の得ている情報が正しいと確信して、一気にそう全員に秘密をばらしてしまう。それに奏翼は顔を青くし、奏刃と鈴華は目を見張って奏翼を見つめることしか出来ない。
「この十年。苦しかったでしょうね。あなたは必要最低限の生活を送りつつ、我が身に宿った呪いを発動させないよう、必死に相殺するための術を行使し続けていた。到底、宮仕えなんて出来る状態じゃなかったことでしょう」
砂明は、では、今はどうですかとにやりと笑う。
「この国に不安が満ち、あらゆる疑心暗鬼に苛まれる今、あなたは旅をし、他の術を行使できるほどに体調が戻っている。それもそのはず、今は呪いが発動する条件から外れているからです」
「どういう、ことだ?」
奏刃は初めて聞く内容に、驚きと疑心を隠すことなく砂明に訊ねる。
「ははっ。星家の当主たろう者が情けない。この情報を知らなかったなんてね。そう、月家に乗っ取られそうになった時、最後の可能性に賭けて生き残りたる蒼礼に施された術は、総てを壊すための術だ。その術は戦乱の中では何事もないが、平和が訪れた途端、蒼礼の身体を蝕み、そして蒼礼をこの国を壊す破壊神に仕立てるものなんです」
くくっと笑いながら、砂明はどんどん顔色を失う奏翼を見つめる。それはすなわち、砂明の言葉が合っているという証拠だ。
「蒼礼」
手が小刻みに震えていることに気づき、鈴華がそっとその手を握る。すると、奏翼がびくっと身体ごと震わせた。
「あっ」
「大丈夫。大丈夫なんでしょう」
信じたいという思いだけでそう声を掛けたが
「あの男が言っていることは本当だ」
奏翼はついに砂明の言葉を認める。
「奏翼、お前」
それに驚いたのは奏刃だったが、同時にこの十年の雲隠れの理由が解って、どこかほっとしていた。奏翼が裏切ったなんて思ったことは一度もないが、どうして理由なく消えたのか。その行動の意味がはっきりしたのだ。それはこの十年に溜まっていた思いを洗い流してくれるには十分だ。
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