第39話 祭壇
奏刃と奏翼は、奏呪本部の地下に設けられた秘術を用いるための祭場にて、血の呼応を行うべく祭壇を組み上げていた。奏呪の長官と副官の二人をもってしても初めて行う呪術だ。一つ一つ確認しながら進める必要がある。
それだけでなく、呪術家同士の者を呼び出すための祭壇は独特だ。下手すれば呼び出した呪術師が死ぬ可能性も含むためか、結界を多重に張る必要があり、そのために用意するものも多種多様なのだ。
「紫礼が生きているにしても砂明が生きているにしても、多重結界はあった方がいいからな。しっかり組めよ」
奏刃は祭壇の準備を進める奏翼にしっかりと釘を刺す。
「解ってるよ。それより、お前の供物の準備は大丈夫なのか」
「抜かりない」
互いに言い合いながら、こんなことは十年振りかと二人揃って懐かしくなる。だが、奏翼も奏刃も懐かしいと感じた自分の心を苦々しく思った。
「懐かしんでいる場合か」
「全くだ。また国が乱れた証拠だ」
息ぴったりに考えを否定してしまい、また二人の間に微妙な沈黙が下りる。だが、妙なことでいがみ合っていても作業は進まないので、そのまま黙々と手を動かすことになった。
こうして途中途中に十年間の蟠りが邪魔することはあったものの、三時間ほどで祭壇と供物を用意することが出来た。あとは組み上げた祭壇の中央に、二人の血を供えるだけだ。
「待て。お前には私の呪いが掛かっているのを忘れたのか」
自らの腕に躊躇いなく刃物を突き立てようとする奏翼に、奏刃は呆れならば制止する。
「ああ、そうだった。これが自殺と取られたら、魂が乗っ取られる」
奏翼は答えつつ、問題は奏刃に発動する意思があるかではないかと思ったものの、大人しく持っていた短刀を奏刃に渡す。奏刃は短刀を受け取ると
「手を出せ。手の甲が一番その先に影響がないだろう」
すぐに戦闘になることを考えろと奏翼の手を取った。十年前よりも無骨になった手を見て、奏翼の山での生活が楽ではなかったことが垣間見える。
「治癒の呪を使えばいいじゃないか」
戦闘になるかはどうかとして、治療できるではないかと、奏刃の考えすぎに苦笑してしまう。だが、奏刃からはぎっと睨まれた。
「お前は自分の治癒が出来るのか。言っておくが、私は使える気がしないからな。これから大事があるというのに、そんな賭けみたいなことをするな」
そしてそう小言を頂戴することになる。
「やってくれ」
これ以上何か言うと、ますます奏刃の機嫌を損ねることになる。奏翼は反論を諦めて大人しくする。すると奏刃も文句を飲み込み、奏翼の左の手の甲を軽く切った。そこから滲み出る血を、すばやく用意しておいた白い絹の布に染み込ませる。そうして血染めとなった布を祭壇の中央に供えるのだ。
「よし」
「お前は」
自分の分が終わったことにほっとし、それから奏翼が自分でやるのかと聞くより早く、奏刃は自分の左手の手の甲を切っていた。その素早さに呆れるが、すぐに白い絹の布を手渡す。
「これでいいな」
「ああ」
二人分の血染めの布が祭壇の中央に揃い、準備は総て整った。二人は息を大きく吸い込むと、祭壇の前に座し祭文の詠み上げ始めたのだった。
どこが身の安全は保障するよ。
鈴華は自分の状況を考え、砂明にそう文句を言いたくなる。しかし、命の危険が迫っているような状況かというと、そうではなかった。
「快適だか快適じゃないんだか解らないわ」
結果、そう呟くしかない。
ただ、鈴華は今、起き上がれないのだ。しかし、ふかふかの敷物の上に寝かされ、背中が痛いということはない。頭は枕に乗っていて身体に負担がないようになっている。とはいえ、術で動きを制限されている。けれども、特に困った状況にはない。
本当に快適なのか快適ではないのか解らない。ついでにこんな状況に置いてくれてくれた砂明は、今近くにいなかった。どこにいるのか、おそらく同じ建物の中にいるはずだが、鈴華の目の動きで捉えられる場所にはいなかった。
「しかも、ここ、どこなの?」
寝かされている場所は快適といっても問題ない場所だが、この部屋がある建物は廃墟に近いものだった。しかし造りはしっかりしたものだったので、過去にそれなりの権力者が使用していたものだろうことは推測できる。
「でも、滅亡した一族のどれかってのは奇妙なのよね」
しかし、大戦中に滅びた一族の長の屋敷とは思えなかった。それだけしっかりしているし、何より大きく石造りなのだ。石造りの建物など、豪族であろうとそう簡単に建てられるものではない。
「誰の持ち物だったのかしら」
寝転ぶことしか出来ないので、目を動かして頑丈な建物について考えることしか出来ない。しかし、一体誰のものだったのか、それが解るような丁度や装飾は全くなかった。いや、あった痕跡はあるものの、それが悉く破壊されている。
「ううん」
暇に任せてそんなことを悩んでいると
「本当に豪胆な姫君ですね」
戻ってきた砂明に呆れられてしまう。その砂明は、まるで奏呪のような道士服を身に纏っていた。しかし、奏呪とは違い、胸元は飽きておらずしっかり首元まで締められている。
「豪胆じゃなきゃ、あの最強最悪と呼ばれた奏翼に近付くわけないでしょ」
鈴華はいまさら呆れるなよと睨む。
「そうでした。そして、どういうわけか彼の傍にいることを認められた。そんな人、今までいません。奏呪として傍にいる奏刃ともまるで違う」
砂明は肩を竦めると、本当に困った人ですねと苦笑する。それに鈴華はどういうことと僅かに動く範囲で首を傾げる。
「利害関係抜き、というべきですかね。ともかく、あなたを使えば奏翼を手に入れることが出来る」
「えっ」
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