第38話 星砂明
「やはり、月紫礼か、星砂明のどちらか、または両方が個人的に動いていると考えるしかないのか」
奏刃は、しかしそれこそ荒唐無稽だと、奏翼と同じく頭を抱えてしまう。
容疑者不在。それがここ数日で奏呪が得た結論だった。
だが、奏呪がどれだけ頭を抱えていようと、呪術は容赦なく龍河国を蝕んでいた。それまでは中央にまで訴えが届いていなかったキョンシー被害や、幽霊が出たという話が、直接耳に入るようになったのだ。
「一体どうなっているんだ? まるで私たちが調べ始めるのを待っていたかのようだな」
奏刃の言葉に、奏翼も確かにと頷くしかない。この場合、自分が奏呪に戻るのを待っていたのか、それとも奏呪そのものが動き出せば事は大きくなっていたのか、判断に困るところだ。が、奏刃に呪いを掛けられている今、この話題を奏刃に出すのは躊躇われる。
もう少し確証が欲しいところだが、どうなのだろう。自分の身の呪いと関係があるのだろうか。
月家に拾われたことで、歪められてしまった己の存在。それが持つ呪いが発動しているのだろうか。不安になるが、こちらも調べようがないことだ。特に、奏刃に無断で行動できないとなると、ますます手が出せない。
「おいっ」
「えっ」
問題の奏刃の顔が間近に迫っていて、奏翼は何だと引く。
「こうなったら調査しても埒が明かん。本当に私たちが疑う二人が生きているのか。これを探るとしよう。それが一番手っ取り早い」
「そ、それは」
「無理ではないだろう。私たちならば」
「あ、ああ」
なるほど。その方法が残っていたかと、奏刃の言いたいことを理解した奏翼は大きく頷いた。
「血の呼応には逆らえん。ダニから龍の血が出るなんていう悪趣味なことを施したのはどちらか、はっきりさせてやる!」
血気盛んな奏刃の言葉に、この女の短気は今も昔も同じなのだなと、奏翼は呆れるしかなかった。
「やっぱり治水工事を優先するしかないわね」
「そうですね。田畑に水が行き渡りませんと、これ以上の耕作地の拡大は難しく」
その頃。行政改革と平行して農村改革に乗り出している鈴華は、わざわざ出向いてくれた村長からの訴えに耳を傾けていた。食糧事情の改善のために様々な作物を育てたいのだが、耕作地を増やすのが難しいという話だ。
「ここから一番近い川は」
「
鈴華の疑問に答えたのは補佐の英明だ。しかし、工事の規模を考えると、あまりよくないという顔をしている。
「地下水は?」
「もともと、ここは肥沃な大地ではありません。望み薄かと」
「ううん。そうよね。すぐ近くが砂漠地帯なんですもの。となると、水が少なくても育つ作物を探すのが一番かしら」
「でしょうか」
ううん。鈴華に英明、そして村長は三人揃って唸ってしまう。食糧事情を改善したいという思いは一致しているのに、なかなか名案が浮かばないものだ。
「鈴華様」
と、そこに声を掛けて来たのはいとこの
「どうしたの?」
「はい。鈴華様にお目に掛かりたいという殿方が表におります」
「誰かしら?」
「私は見たことがありません」
村長がいるということで畏まった口調の鈴明は、それ以上は語らなかった。どうやら自分の目で確認するしかないらしい。
「少し失礼します」
鈴華は村長に断りを入れて外に出た。待っていたのは――
「えっ?」
一瞬、蒼礼かと思った。しかし、顔も、纏う空気も違う若い男だ。だが、同じだと確信する部分がある。
「呪術師」
鈴華の呟きに、男はにやりと唇の端を上げてお辞儀をした。
「い、一体、何者なの?」
鈴華は警戒しつつも、物腰が柔らかそうな呪術師に訊ねる。
「私は砂明という者です。実は虎の棟梁様にお耳に入れたいことがあります」
砂明。奏呪ならば真っ先に警戒し、もしくは攻撃を仕掛ける相手、葉砂明その人だが、鈴華は知らないので、一体何かしらと首を傾げる。
「キョンシーもどきについて?」
「ええ。それもございますが、奏翼、いえ、月蒼礼の秘密です」
「え?」
「ここでは人の耳がございます。出来れば、蒼礼の傍にいたことがある、あなたにだけお伝えしたい」
「で、でも」
蒼礼に何かあったのか。心配になるから知りたい。しかし、この得体の知れない呪術師の言葉を信じてもいいのだろうか。
「大丈夫です。すぐそこ、建物から離れた場所で」
砂明は笑顔を崩さず、そしてすぐに行動を起こすこともなく、鈴華を誘う。
「ううん」
鈴華は躊躇ったものの、ここで何かあれば叔父たちがすぐに対処してくれるはず、と砂明の誘いに乗ることにした。
これでも蒼礼を探して国中を旅した豪胆さを持っている。ちょっとやそっとの出来事では驚かない。
「あなたが行きたい場所に着いていきましょう。ただし、変なことはしないでよ」
「それはもちろん」
砂明は驚いたものの、身の安全は保障しましょうと頷いた。
血の呼応に必要なのは、当然ながら呼び出したい相手と繋がりの濃い血だ。ただし、この場合は血縁である必要はなく、いわば魂同士の繋がりというべきであり、血はただ媒介に必要なだけである。
「祭壇はこれでよかったな」
「ああ」
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