第37話 予算を寄越せ!

 奏海の予想外の報告に、奏刃と奏翼は思わず声を揃えて訊き返してしまった。おかげで互いの顔を嫌そうに見つめることになる。

「まあ、長官と副官が驚くのも無理はない。私だって何度もその結果を疑った。しかし、出てくるのは龍一族の血だ」

 奏海は三度実験したが、三度とも同じ結果を示したと厳しい顔になる。

「どういうことだ?」

 それに、奏刃はおかしいだろうと腕を組む。それは奏翼だって同じ感想だ。

「龍一族の血だとすれば、あの門で弾き返されるという仮説も成り立たなくなる」

「ああ。そもそも龍の一族でやりそうなのは……いや、いないな。いくら野心たっぷりの東宮も、民を攻撃するような馬鹿ではない。帝王学と行政学は死ぬほど叩き込まれているからな」

 奏刃は疑わしいが除外するしかない龍聡を思い出し、苦い顔になる。ぼんくらでは務まらないのが、この国の東宮だ。それだけ厳しく国政というものを叩き込まれているし、何より東宮自身、次の皇帝だという自負が大きい。民を蔑ろにするようなことはしないはずだ。

「誰かが密かに龍の血を奪い、それを使っているのだろうか。しかし、他の事象と話が合わなくなる」

 奏翼はそもそもとして奇妙すぎると、顎を擦って悩む。龍一族の数はそれなりにいるし、こっそりと奪うことは、ダニのような奇っ怪な呪術を使う呪術師にすれば朝飯前だろう。しかし、龍一族の血だけを用いていると考えるのは違和感があった。

「確かにな。奏呪の動きを察知して先手を打ち、誤魔化すために龍の血入りのダニを放ったか」

 奏海の言葉に、奏刃も奏翼も厳しい顔になってしまう。もしもそんなことが可能ならば、こちらの動きが筒抜けということだ。

「一体誰なんだよ。まるで幽霊を相手にしている気分だな」

 思わず呟いた奏刃の言葉に、その場にいた誰もが思わず頷いていた。




「はあ? 杜撰にも程があるんじゃない?」

「いや、そう言われましても」

「まさか不正を行っていたのではあるまいな?」

「め、滅相もない」

 さて、奏呪が完全に頭を抱えている頃。鈴華は龍西州の州牧尹しゅうぼくいん龍関りゅうかんに詰め寄っていた。その鈴華の補佐をするのはもちろん漢英明だ。ねちねちと責め立てる様子は、けんか腰の鈴華もビックリするほどである。

 州牧尹はこの龍西州の長官だ。いわば知事である。そして、龍の名を持つ龍関は、傍流とはいえ皇帝に繋がる家柄の御仁。しかし、山のような書類を突きつけられ、不備があると詰られては堪ったものではない。ついでに、やっているのだ、不正を。非常に困る。

「だったら出しなさいよ、予算を! 今こそ必要でしょう。このままだったら来年度の税収はかなり下になるわよ」

「うっ」

 そんな中、来年の予算のために今年度の予算を切り崩して農業対策をしろと言われ、困りまくっている。ヤバいくらいに困る。

「ふむ。決められぬというのならば、中央に直訴を」

 困っていると英明がそう言い出すので、それはそれで困る。不正がばれる。

「わ、解った。す、好きにやってくれ! た、ただし、金が足らんくなっても知らんからな!」

 にっちもさっちもいかなくなって、龍関はそう叫ぶしかないのだった。

 さて、州牧尹の不正を暴き立てて予算をぶんどった鈴華は、疲弊していた農村の立て直しを始めていた。

「施薬院っていうのはすぐに思いついたけど、栄養状態そのものがよくないのよね」

「ええ」

 鈴華の言葉に、英明も頷く。キョンシーもどき問題が出てくるまで表面化していなかったが、ここ最近の農村の状況は非常によろしくない。税を納めるのに必死で、農民たちは体調を崩しがちだ。

 しかし、過度な税が掛けられているわけではないことは、すでに調査済みだ。さすがは戦乱が絶えなかった龍河国とあって、税率は非常に良心的だ。群雄割拠の大戦時代よりも随分と安い。龍関が私腹を肥やすために割り増ししていたが、それでもやっぱり安い方だ。

 だが、それでも大変になっているのは、農地そのものに問題があるせいだと鈴華は気づいたわけである。

「まずはそれぞれの農地の現状を把握。肥料の分配に灌漑設備の工事。この工事で少しはお金が動くわね」

「はい。必要な資材も調達せねばなりませんし、人員もそれなりに必要です」

「よし。頑張るわよ」

 もう一度、奏翼、いや、蒼礼に会うためには自分にも確かな権力が必要だ。その目標のため、鈴華は今日も気合いを入れて行政改革を続けるのだった。




 その奏翼は頭を抱えていた。問題が解決せず、それどころか次の問題にぶち当たるのだ。さすがに頭痛がしてくる。

「龍の血は誤魔化しだったと仮定しても、他の血が出て来なければどうしようもないな」

「ああ。まったく、どこの誰だか知らないが、とんでもなく面倒なことをしてくれている。まあ、おかげで最近は疎かになっていた有力一族どもの状況把握は出来たけどな」

 奏翼の言葉に頷きつつ、奏刃はこれも緩みまくりだったと溜め息を吐く。

 もちろん、平和な時代がやって来て、大乱が過去の出来事になりつつある今、氏族への締め付けが緩むことは、別に悪いことではない。龍河国が確かなものになりさえすれば、不要な呪いになる。しかし、影でこそこそと火薬を作っていたり、武器を集めていたという事実が出てきたとなれば、そうとも言っていられない。

「俺たちにも有利に働いているということになるな。一体誰がこんなことをやって得をするんだ?」

 奏翼はこれで反乱分子が解ればいいのだが、火薬にしても武器にしても、国を相手取るには少ない量だった。あれは自警のためだったという見方が大半である。ということは、予め反乱の目を摘んだだけで、大きな問題は起こっていなかったことになる。

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