第31話 抗う人々
「神殿へっ! 避難してきた民や王都の人々を神殿付近へ誘導せよっ!!」
「物資をあるだけ運べっ! 神職が結界を広げている、そこに運び込むのだっ!」
「出し惜しみしている場合かっ! 暴徒らが迫っているのだぞっ?! ここも危険になるのだっ!!」
ラウールの母親たる男爵夫人が筆頭となり、王都の貴族をまとめた。
トリシアの両親達もそれに倣い、多くの貴族へ親書をしたためては早馬で八方へと送る。
当世を誇る聖女の家門だ。その親書の効果も絶大。
元より、堅実で誠実な伯爵家への信頼は厚く、親書を送られた貴族家は何の疑いも持たず神殿に協力してくれた。
人々が身分の壁を越えて手を取り合う姿を見て、ラウールやカシウスも眼を見張る。
「ここまで手際よく..... どうして?」
みるみる集まる物資や、各領地から避難してくる多くの民達。
そして徐々に広がる神殿の結界。それは、王都を呑み込む勢いで拡大していた。
唖然と立ち竦む息子達に、ラウールの母親が微笑みかける。
「わたくしの先祖の手記を、神殿は長く研究してくれていたから。そこに今代の聖女様がお知恵を下さって、禍への対策が強化されていたのよ」
聞けば、神殿の研究を知ったトリシアが、各地の神殿を利用した結界を張ってはどうかと提案したらしい。
『禍たるものがどのように世界を破壊するのか存じませんが、人による暴虐であるなら、神殿のみを強化するより、神殿同士を繋げて強化した方が宜しいのではなくて?』
彼女は地図を指差し、こことここ、ここやここ、と近い神殿同士なら、少し無理して結界を繋げれば、さらに大きな範囲を守れると指摘した。
そして大きくなった結界同士も繋がり、ほぼ王都を囲める大規模な結界が展開出来ることを予想したのだ。
『神殿だけを守っても少数の民しか生き残れません。.....わたくしの存在が禍を引き起こすのであれば、より多くを守りたいと存じます』
少し悲しげに俯くトリシア。
聖女降臨は福音であると共に破滅を呼び寄せる予兆とも言われている。
それを正しく理解し、最悪に備えようという彼女の言は、神殿各位の胸に深く突き刺さった。
.....聖女様が福音であることを世に知らしめてくれようぞっ!!
そう一致団結した各神殿の努力により、今回の規格外な結界部隊が誕生したという。
「トリシアが..... 僕らも負けておられませんね」
逃げ惑う人々が雪崩れ込んでくる王都。禍に呑み込まれず、正気を保ったまま避難してくる民に、そここで炊き出しが行われていた。
その炊き出しを振る舞う人々の中に、ラウールは見知った人物を発見する。
「御母様っ?」
そこに居たのは恰幅の良い女性。平民のようにエプロンや三角巾をつけて忙しそうに働いていた女性は、ラウールの声を耳にし振り返った。
「あら、ラウール。ご飯は食べたの? 炊き出しで良かったら食べる? サフィー様も、ほら、食べなさい」
お盆に載ったシチューを差し出し、にこやかに笑う女性。
「もらうわ、お腹がペコペコだったのよ」
「あああ、器から直接すすらないでください、母上っ! 御母様、スプーンはないのですかっ?!」
あたふたしつつ、二人の間で狼狽える息子。
.....母上? 御母様? どういうことだ?
すっとんきょうな顔で凝視しているカシウスに気がつき、ラウールが困ったかのように呟いた。
「えっと..... こちらは僕の実母です。母上とは別で、その..... 僕は父の隠し子というか、父が知らない間に生まれた子というか」
要領を得ないラウールの説明。
「つまり.....それは」
.....男爵が浮気して出来た不義の子ということか?
口に出しづらい言葉だが、それを払拭するかのように母上と呼ばれた男爵夫人が笑う。
「貴方の想像は外れていてよ、カシウス。わたくしが主人と結婚する前に付き合っていた女性がラウールを身ごもっていただけ。当人達も気づかず、それぞれ結婚してて、ラウールが洗礼を受けた時に発覚したの。間抜けな話よねぇ?」
ケラケラ笑い飛ばす男爵夫人と、当時を思い出したのか、赤面して二の句が継げないラウール。
何の後ろめたさもないような三人を見て、カシウスは混乱した。
.....それって結構な修羅場なのでは? お互いに家庭があり、それをぶち壊されたわけだろう?
眼は口ほどに物を言う。
疑問符全開のカシウスに苦笑しながら、ラウールは簡単な説明をした。
「父も知らないうちに勝手に出来た子です。歓迎されないし、御母様も蔑ろにされるだろうと思っていたんですが..... 母上が、これなので。僕ら親子と男爵夫妻で同居すれば良いと。息子が増えて、ラッキーと.....」
「だって貴方の御母様は、何も望んでいなかったのよ? 貴方と暮らせるなら下働きでも良い、男爵家に置いてくれって。健気じゃない?」
「だからって、普通しませんよ? 勝手に元恋人の子供を産んだ女を迎え入れて同居とか」
呆れ気味な顔で言い合うラウールだが、その目の端を掠める朱が彼の心の内の面映ゆさを示していた。
彼の今が幸せであるのは間違いない。
「まあ良いじゃないの。じめじめ恨み合うより、家族が増えた方が。ラウールも大きくなって、御母様は一安心よ。サフィー様には感謝しかないわ」
盛大なおまゆうを耳にして、ラウールはいたたまれないようだ。赤面したまま地面にしゃがみ込む。
母親二人はケロっとしたもの。羞恥にうずくまる思春期様を、うりうりと小突いている。
.....こういう家族もあるのか。
滅多にないだろうと思うが、その微笑ましい光景は気分の悪いものではない。
この話は社交界でも特に秘匿されてはおらず、大人に聞けば誰でも知っている話だった。
ただ、その当事者兼被害者でもある男爵本人が獰猛に睨みを利かせているため、思慮分別のある大人達らが黙っているだけで。
一代で名を上げた『氷の騎士』の顰蹙を買いたい者などいないだろう。
ちなみにその騎士様は後方の家族を守るため、禍に染まった民らを死に物狂いに前線で屠っていた。
切迫した状況にもかかわらず、笑いながらその打破を目指す者達。
ここが世界滅亡の要なのだと知るよしもなく、彼等は愛する者達を守るためだけに突き進む。
この国が滅び、聖女を失えば世界が贖罪の嵐に見舞われて壊滅するのだ。それを今や遅しと待ち受ける光の精霊。
何度も繰り返されてきた現実に直面し、それを忌避しつつも、逃れられはしないだろうなと達観の念で見守る闇の精霊。
新たに訪れた終末をお祭り騒ぎで待ち構える精霊達と、その遥か高みで傍観する何か。
そして.....
「離しなさいと言っているでしょうっ! この臆病者どもがっ!!」
王太子や他の貴族令息らに引きずられていたトリシアが、あらんかぎりの力で抵抗していた。
彼女を生け贄として禍の起爆剤に使いたい精霊達が、それを後押しする。
《早く、早く。君が殺されないと、ファビアは真の闇に落とされないんだからっ!》
《んもう、手のかかる子らだなあっ》
四大属性の精霊達がトリシアの憤怒に同調し、あらゆる魔法を発現した。
バチバチ爆ぜる魔法に手足を焼かれ、王太子らも腰を引かせ気味だ。どうしたら良いのか分からないらしい。
逃げ出すための船は、もう目の前なのに。
「わたくしはファビアのところへ行くのですっ! そこを退きなさいっ!!」
爛々と眼を輝かせて唸る聖女様。
こうして精霊達の仕組んだ終末は、佳境へと爆進していく。
金と銀のカノン ~鏡合わせのオペラ~ 美袋和仁 @minagi8823
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